Hakurokin’s 縁側生活

アルコール依存症/うつ病/リハビリブログ

Blog21・二代目タマ’s ライフ632

二〇二五年七月二十四日(木)。

 

早朝(午前五時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

朝食(午前八時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

昼食(午後一時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

夕食(午後六時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

 

タマね、今日も飼い主の九十年代ノートレポート見たけど看護師さんも色んな悩みを抱えながら仕事に従事してるだ。

 

総合病院の看護師や保育所の保育士もそれぞれ色んな事情抱え持ちながら同時に仕事こなしていくって時代に入ってたし。特に専門医療の場でも女性の地位向上がやっと陽の目をみるようになってきたんだけどそうなったらなったで次の課題はもう出現してるわけ。その話は次回以降看護師のチャや初瀬を含めて当事者女性の亜美たちの話もリンクしてくる。

 

昨日飼い主言ってたけどこのケースでも亜美が焼きそば作ってるところから始まってキャメやすだち、患者家族の葵の生育歴とか出てきて、それでもかなりぎゅうぎゅう詰めにして筋がわかるようにはしてるんだね。

 

そりゃあ一人の患者が入院すれば1クールで三ヶ月。その間に何人もの医療スタッフや家族や身近な人々、独身も多いしそれに自助グループとの関わりが出来上がってくるわけだから教科書的な箇条書きとかではとてもカバーしきれない。そういう構造的で流動的な事情を取り上げるには小説論の形を借りてきて散文で繋げていくのが向いてる。

 

飼い主さあ、滋賀県に越してきてからただ単に猫飼って鬱病治療にかかってるだけじゃなかったんだね。

 

何を言い出すのかなあタマさん。日頃からタマの世話してるの飼い主だよ?見てくれてると思ってるつもりだけど。

 

いやあ猫としてはその時その時が心地よければ万事よしって感じで生きてるもんだし。そうだ、「崖之水病院」って出てくるけど将来の精神医療の経営方針間違って潰れたってほんとの話なの?

 

名前は変えてあるけどほぼ丸っきり事実。もし知ってる人がいたらひと目でわかる。ちょうど飼い主が入院してる頃に関西最大の河川を上流へ逆流する形で主にふたつの専門病院へ患者ががばっと割り当てられて入ってきた。よくベッド空いてたと思うね。そういえば飼い主が入院する際に今は病棟が満床なんで四日ほど待ってほしいって言われたなあ。それで混んでたのかも。

 

女性の当事者が話すことって今でも大変らしいけど当時はもっと大変だったのかな。

 

うん。今ではトラウマ・インフォームド・ケアって言うんだけど、特に性暴力とか虐待被害で薬物の過剰摂取、アルコール、ギャンブル依存、摂食障害の悪循環に陥った当事者女性がその原因を言い出しにくい条件を作り出してる社会風土って海外と違って日本では確実に根を張っててさ、そんな風土がなかなか解消されていかない中で信頼できる人を見つけて話すって気の遠くなるような道のりなんだよ。ここ十年くらいの統計ではシングルマザーの約半分が貧困家庭状態にすっぽり入るみたいなんだけど、それで生活するにあたって借金返済のためにデリヘルやって子どもを食べさせるしかないって女性がわんさといてる。デリヘルならデリヘルで規則があるにもかかわらず違反して避妊なしで無理やり膣内射精する客っているわけ。妊娠しちゃう。そんなの規則違反じゃんって話になるから先に病院で本人の希望する処置を取るわけだけど違反は違反だから警察に通報してもいいんだ。けどそれじゃあ大ごとになったりしたら困るって人も多いんで警察に通報しなくてもちゃんとした弁護士が付いて事後処理まで付き添ってくれる法的体系を整えてるところがある。京都府なんかはそうだよ。飼い主そもそも京都生まれ京都育ちで専門病院や支援グループのこととかもまあまあ知ってるほう。詳しくは言えないことも多いけど。さらに九十年代後半時点ではトラウマ・インフォームド・ケアなんて言葉自体がなかったし。シングルマザーがなぜ増えたか、今後ますます増えていく可能性があるのか、マス-コミはたまにちょっと取り上げるけど政治はまるで取り上げないに等しい。むしろ話を逸らしたり事実を覆い隠して回ってる。

 

は~あ。タマ今日も早く寝る。

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Blog21・退院後リハビリ創作(1998~1999.長岡京市在住時代)

落ちない肌(14)

 

チャが初瀬の誘いに乗ったのはただ単なる気分転換というだけではなく初瀬がひさしぶりに北小路ミーティングへ顔を出してみたら患者家族として参加している葵とばったり出くわしたことにある。山王条木場町の洒落たお店を紹介してくれたのも葵だという。川沿いの繁華街の路地を抜け少しばかり西へ入ったビルの二階で窓際の席からは斜め向かいに大型書店の壁面と中華料理店の間の小さな稲荷神社が見おろせる。

 

初瀬は友人らと外食するといつも決まって子どもの頃に見た映画の話をよくする。「ゾンビ」「オーメン」「ゴッドファーザーPart2」「エクソシスト」「燃えよドラゴン」「ロッキー」「サスペリア」「がんばれ!ベアーズ」「エイリアン」「ナイル殺人事件」「ジョーズ」「地獄の黙示録」「スティング」と懐かしい名前がびゅんびゅん飛び出す。とはいえそれらは初瀬にすればどれもいまいち。面白いのは「キャリー」と「犬神家の一族」、「田園に死す」だという。

 

「あの美しさは何ものにも代えがたいわ」

 

そういう趣味の人なのかと思って聞いていると必ずしも好みの問題ではなく、当時同じクラスだった小学生男子らが「食人族」で盛り上がっている話を聞いて、何が面白いのかと思っていたらただ単なるエログロ映画の作り話に過ぎないのに本気で夢中になっていて呆れたということが言いたいらしい。

 

その中間くらいならと言って評価するのが「狼たちの午後」や「大統領の陰謀」、邦画では「砂の器」や「人間の証明」、さらに実話を元にした「サンダカン八番娼館」や「復讐するは我にあり」。

 

もっとも「小学生の頃だから今の仕事を選ぶのにどんな影響があったかなんてわかんないけど」、そう付け加える。

 

初瀬は国内第二の都市の国立大学看護学科の出身で保土川沿いの崖之水病院へ就職した。その頃病院理事会で今後の経営方針が打ち出されこれからは高齢者と若年層の病棟を増やすのが将来的な急務だという。それに伴い依存症病棟の全廃が含まれていた。しかし高齢者にせよ若年層にせよむしろ高齢者には高齢者独特のアルコール依存や薬物依存があり若年層もまたしかり。にもかかわらず依存症患者の受け入れを一切打ち切るというのはいかにもおかしい。よく聞いてみると依存症治療はお金にならないという理由が理事会側の真意らしく翌年の院長選挙で廃止派の医師と廃止反対派の医師が院長の座を争い結果廃止反対派の医師が落選して病院を去り独立して依存症を含む個人経営の心療内科を開院した。今では将来の精神医療を見誤った崖之水病院は倒産し逆に独立して個人経営を始めた心療内科医院はいつも予約で一杯という逆転現象が起きている。

 

崖之水病院が倒産したため遷都千二百年を誇る市内北部のこの専門病院の看護師として再就職したひとりが初瀬。崖之水病院倒産に伴い多くの依存症患者が行き場を失った際、近くの赤月市の専門病院が患者の半分を受け入れることになり何人かの看護師らはそちらへ移った。もう半分は遷都市が受け入れる。その流れで初瀬はこちらへ入る形になった。ちょうど看護師一年生だった時に院長選挙に落選しJR遷都市駅前へ移って個人医院を開院した医師から精神疾患患者に接する場合のいろはを丁寧に学んだ。患者とその家族らの前では大変おおらかで気さくな医師だが医療スタッフに対してはなかなか厳しい。

 

「ほら、チャも今ではよく知ってる安西センセ」

 

安西医院は安西自身の発案で二階にカフェを併設しており、当面仕事のない依存症者や仕事帰りに飲酒欲求がぶり返してきて危ないと感じた患者らが好きな時に立ち寄り世間話のひとつもして気分転換がはかれるように設計された。このところ引きこもりや自閉症患者の急増もあり居場所のない若い患者が気軽にぶらっとやって来る。また統合失調症者で急性期を過ぎ落ち着きを取り戻し通院だけで済んでいる患者も診察帰りに休憩して行くことがある。だがカフェは患者間の相互交流と理解をはかるのが目的であり本格的な体験談を語る場ではない。年齢性別に関係なく立ち寄ればいいわけだが特に女性や性的マイノリティにとっては表立って話しづらいことがまだまだ多い。その意味でカフェはそれぞれのライフスタイル構築や社会復帰に向けた自助グループと比べれば違いがある。自助グループの運営はあくまで当事者本人らが手がける。医院に併設された相互交流相互理解のためのカフェと企画立案経理運営まで当事者だけで繋いでいき医師は介入しない自助グループとの違いは当事者自身がやってみて体で覚えていくことになる。

 

初瀬はいう。今は不況だがもし賃金が上昇して景気が戻れば自殺者が減り症状も消えるのではと言われている。そんな簡単な話なら医者など始めからいらない。実際はそこそこ名のある企業の中間管理職や名門中学高校の教師が受診に訪れ、労働賃金だけを見れば何ら問題はないものの心身の不調を訴えしばらく様子を見ているとすでに軽度とはいえ統合失調やうつ病を発症しているケースが徐々に増えつつある。このままでは自殺者の数は人口減少とともに減っていくとしても自殺率は下がらないかもしれない。安西だけでなく高木もそんなことをしばしば考えているようだ。

 

「あたし大学卒業までね」

 

料理が運ばれてくると初瀬が話し始めた。

 

「ピアノやってたんだ」

 

「そうだったの?」

 

いつもの映画の話ではないらしい。三年も同じところで同じ仕事をして仲のいい同僚同士なのに始めて知ったとチャは思う。

 

「病院の看護師で作ってるサークルで合唱部あるじゃん」

 

「ある。年末のクリスマスの頃になるとひとつひとつの病棟で三曲くらい歌って回ってくれる」

 

「合唱部の練習でこれまでピアノ合わせに来てた人知ってる?」

 

「近くの中学の音楽の先生でしょ?」

 

「転勤になるんだ」

 

「ふ~ん。それで初瀬が頼まれたの?」

 

「ひさしぶりだからそれはいいんだけどね」

 

「何かあるの?」

 

「ピアノだけじゃなくて、あたし小学中学高校ってずっと勉強ばっかやらされてたって吹っ切れない感じあってさ、せめて学生時代の最後の半年くらい勉強とは別にね、あたし実は音楽で散ってもいいって考えてたんだ」

 

「ほんとに?」

 

これまた意外な展開だ。

 

「ここだけの話、これでもう学生生活終わっちゃうのか、社会人になるのかと思うと最後にひと花咲かせたくなってきちゃったんだ、無性に」

 

「で、花は咲きましたか?」

 

チャはいたずらな笑みを浮かべて訊き返す。

 

「なによその笑いは。多分チャの想像以上にだめだったわ。HAMAYA楽器主催の全国ポップスコンクールあるじゃん。せめて最後に地区大会の舞台踏んで華々しく散ってやろうと思って。家の近所のサンタナ楽器店のスタジオでオリジナルを五曲くらい録音して送ってさ、一次予選のテープ審査は通ったの」

 

「ふむふむ」

 

「喜びいさんで二次予選へ出かけて行ったら肝心の本番であり得ないほどあがっちゃって。途中で歌詞忘れた。ピアノ弾く手だけが動いてるんだ」

 

「そんなことあるの?」

 

「あったの。もう思い出したくない光景だわ。そんな悪夢の二次予選が終わって尾羽打ち枯らして帰ってきたらあたしが前に勤めてた崖之水病院の採用内定通知が届いてた」

 

「タイミングよかったね」

 

「正直、救われた気がしたよ。でも一方で地区大会くらいは出たい!って気持ちがくすぶってるのもわかるんだ」

 

「社会人やろうってきっぱり決めたわけでもなかったってこと?」

 

「就職するのは前から決めてたんだけど不完全燃焼っていうか、なんだかぼうっとしてた。割り切れないものが残っちゃってる。で地区大会の様子だけでも見に行こうと思ってその帰りに保土川の欄干で川見てたら涙がぽろぽろこぼれてきてね、ああこれであたしの青春終わったって思った」

 

チャは始めて聞く話でいつも仲良くやっている身近な同僚というだけでなくふたりともまだ二十代後半。これからだ。けれどもチャよりふだんから明るい振る舞いで看護師詰所の空気を風通しよくしてくれる初瀬がしきりに「終わった終わった」と言うのを目の前で見ると一体自分はそこまで何か一所懸命に打ち込めるものをこれまでちゃんと探して手に入れようとしてきたことがあっただろうかと滲み出るような後ろめたさが体のどこかで小さく響く。

 

今日の院内ミーティングでキロの発言にびっくりした後、病棟の患者リーダーを呼んで穏便にことを収めるのにいい方法はないかと頼んだのも我が身可愛さからとっさに飛び出した保身的な言動だった、浅はかだったかもしれないという気がしてくる。

 

ともあれ初瀬の話は聞いたわけだがこのところ気になり始めている亜美やキャメやすだちのことを相談しておこうとチャは思う。長引く不況で急増した女性の依存症者にどう接したらいいのか。そのあたりは時々北小路ミーティングに顔を出す初瀬のほうがよくわかっているに違いない。患者家族の葵とも近い。その話が済めばカラオケにでも寄って帰ろうと思う。

Blog21・二代目タマ’s ライフ631

二〇二五年七月二十三日(水)。

 

早朝(午前五時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

朝食(午前八時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

昼食(午後一時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

夕食(午後六時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

 

タマね、今日も飼い主の九〇年代ノートレポートの続き見たよ。なんだか話が長いね。

 

そりゃひとつの患者のケースを取り上げただけでも家族や周囲の人間はどんと増えるしそこらへんくらいの話にはなるよ。これでもぎゅうぎゅう詰めにしてかなり整理してるほうだよ。

 

それはそうとミーティングでは政治・宗教の話は原則的に御法度だったの?

 

そうだね。なかにはある宗教に入信してからうつ病や依存症治療に繋がることができたんでいつもその宗教に感謝してますってなこと話し始める患者さんがいてさ、話にストップかけるのに困ることあった。でも世の中にはいろんなカルトがあってさ、患者家族で学校出たばかりで親の酒びたり薬物漬けを何とかしたいって泣きながらバイトしてる大学生に声かけてきて、入信して教祖様を信心すればきっと病気は治るって言葉巧みにデマ丸出し言われて勧誘されたあげく全財産持っていかれて見捨てられたって患者の家族もいてさ、そういう話なら注意喚起になるしOKだった。

 

今日はキロさんのぶっちゃけ発言って出てきたんだけどそういう新陳代謝っていうの?、周期的に必要なのかな。

 

キロのあの発言ね。モデルは実は飼い主なんだ。それまでに何度かミーティング会場周りしててどこ行っても酒びたりになったことは当事者の誰もが認めてるんだけど何が主要因でそうなったかって話す人って見たことなかった。そういうミーティングが続くと半年経たないうちにミーティング自体が停滞ムードになって無難な話しかしなくなる。空気が澱んでくる。実際に飼い主もその種の澱んだ空気って嫌だったし鬱病者としては逆に鬱陶しくなるばかりでね。ところがミーティングが終わって帰りの喫茶店で話してると結構なにが決定的原因になったかって誰にってわけじゃなくぼそぼそ言う人いるんだ。ミーティングではいろんな人が聞いてるんでなかなか話づらいことでも帰りの喫茶店でお茶してるとぽっとそういうことつぶやく人いるわけ。

 

それ知ってるからってこともあってたマンネリに陥ってる会場の空気時代を動揺させるようなこと言ったの?

 

そう。どのミーティングでも古臭い体質の会合でも足の引っ張り合いやりたがる人っているわけ。陰湿な人はいる。親分ヅラしたくてしょうがないって人はいる。でもそれに引きずられてばかりじゃ鬱病患ってる患者にしたらたまったもんじゃない。というわけでタイミング見てぶっちゃけ言うんだ。何が仲間なんだ、足の引っ張り合いしてどこが面白いの?って意味のことを。一度か二度くらい全体会合の二百人くらい来てる場でそれ言ったことあるよ。で司会やってる人たちはみんな患者で慌てるしその家族もどよめくんだけどいつも大きな会合では専門病院の担当医が来場して様子をじっと見る体制は出来上がっててね。それわかっててあえてマイクで言ったんだけどドクターストップかかったことは一度もない。

 

空気の入れ換えって時には大事ってことなのかな。

 

大事だと思うよ。あんまり連発する必要はないけどたまにはね。そうじゃないと延々嫌味ばかり言い続ける人とか病気自慢し始める人とかいてて飼い主自身の精神衛生上よくないと思ったから。言えそうにないことでもだんだん言えるようになってなおかつトラブルになったり泣き寝入りしなくてもいいようになってきて始めて大人をやり直すことができるってのは精神医療の前提として初心者向けのパンフレットから専門家の論文までどれ見ても書いてある。同時に当時は一般に社会問題を取り扱う専門誌って書店で売ってたから特にカルト対策特集は定期的に取り上げられてた。細々だけどそれがなかったら今のLGBTQ問題まで繋がることはできなかったのはほぼ確実だといえる。

 

なのに今頃になって性的マイノリティ排除や外国人排除を掲げた政治政党が躍進してきて困ったってことになってるけど。

 

外国人排除なんてとんでもない発言でね、諸外国との良好な関係抜きに日本の食料自給率の維持なんてとてもじゃないけど不可能。第一次産業はもちろんだけど製造業も外国人人材なしにやっていけるわけない。今の若年層ね、Z世代って言われてて大学全入時代にもなったっていうのに大学で一体なに学んでたのって不可解で仕方がない。で政府も今の若い人がを大切に!って言うわけだけど今の若い人も三〇年経たないうちに市場原理主義の中で淘汰されてくんだよ?高齢者になるんだよ?その時になって今回の選挙投票が果たして正しかったかって思い直しても遅い。遅すぎる。SNSで根も葉もないデマ信じ込んで投票した今のZ世代が中高年になる頃には自分たちの子どもはもっと過酷で悲惨で目をおおうような世の中をあとでなくさまよっていく。そんな社会を作ってしまったのは自分たちがZ世代とか言われてちやほやほてされて図に乗った結果だって悔やんでも悔やみきれないだろうと思うね。

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Blog21・退院後リハビリ創作(1998~1999.長岡京市在住時代)

落ちない肌(13)

 

キロがなぜ日記を付けているのか。チャは訊ねたことはない。たまにそういう患者さんもいるよとベテラン看護師に言われたことはあるが本人の口から聞かされたことは一度もない。チャにしても小学生の頃から始めた日記の習慣だが自分から付けようと考えて始めたわけではまるでなくきっかけは小学校の夏休みの宿題。

 

付け始めてしばらくするとその日一日で自分の身に起こったこと、見たこと、聞いたことが簡略な文章へ変換され一日の締め括りになっていると気づく。読み返してみるとすぐ明日の課題が手に取るように見えてくる手応えを覚え、これは便利だと思っているうちに二十五年ほど続いていたに過ぎない。ではキロはいつ頃から日記を付けるようになったのか。聞いておけばよかったと今になって思う。

 

一方キロの後に一ヶ月ほどして入院してきた上村はキロと同学年でこれまた低年齢化傾向を実感した。キロは日記を付けるが上村は日記なんてひとつも関心がなく談話室に並べてある本を手に取るどころか新聞ひとつ広げている姿を見かけたこともない。週刊誌も見ない。テレビも見ていない様子だ。高木の前でもチャの前でも終始むっつりしており何を考えているのかよくわからない。といって何か人に言えない過去を隠しているわけでもなさそうでレクレーションのカラオケ大会とかだとすぐ手を上げてマイクを持ちいつものコミカルに見えるぽっちゃりした体型をゆすりながら歌い出す。その歌というのがなんと「一円玉の旅がらす」。いつの時代の人?とチャは驚いた。

 

カラオケ大会といえば。なにぶん古い機材なのでどんどん回ってくるリクエスト用紙を見間違えることなく誰かがレコードを次々に取り換えていかないとスムーズに回らないわけだがその作業も作業療法の一環であり看護師ではなく患者がやる。キロの入院中はそれをキロがやっていた。準備も後片付けも患者ばかり二、三人でまとめてやってしまう。最後に機材の置いてある部屋の鍵を詰所へ返しにくるところまで患者がやるわけだが鍵を返しに来るのは決まってキロだった。なんでもそつなくこなす様子をみて若いなあと改めて思ったわけだがただ単に若いというわけではない。肝心の院内ミーティングの時に聞いたキロの体験談。

 

ミーティングに同席する看護師はいつに変わらぬ体験談ばかりひとりひとり語っていく様子を観察しているだけで途中で発言を求められない限り看護師は何も言わなくて済む。その日のチャもそうだった。何か不都合な話ひとつ出ないまま患者らの体験談は淡々と進んでいく。順番はだいたい決まっていてミーティングの半ばで新しく入ってきた患者の番が回ってくるような席順になっている。最初の何人かの話を聞いて感じがつかめてからのほうが新患としてはしゃべりやすいだろうという配慮だ。ところが新患であり他の患者らの話にじっと耳を傾けていたにもかかわらずキロの体験談は初めから違っていた。

 

「飲みだしたのは学生時代からなんですが」

 

出だしはこのところ増えてきた若年層と変わらない。ところが。

 

「同じグループ、同じ仲間と、世間ではよく言われています。けど」

 

(ん、なんだか話が逸れるかな―)

 

看護師も三年目に入るとちょっとした言葉遣いや声のトーンの違いがあれば機敏に反応する癖が身に付いている。

 

「こいつ、首締めて殺してやろうかって思うようになりまして、どこが同じなんだ、何が仲間なんだと」

 

ミーティングは酒歴を話すわけであって過去の恨みつらみを口にする場ではない。それはキロにしてもよくわかっているはず。でも、なぜ?とチャが思った途端に話は戻り、キロが浴びるほど酒を飲むようになって以後の話に戻った。以前の経緯にはほんの僅かばかり触れたに過ぎない。チャは一体何が言いたかったのか、言いたいのか、頭の中で整理がつかないまま次の患者の話に集中する。ところが次の患者も新患で、先に話したキロの言葉のどこで何を触発されたのか不分明なのだがこう話す。

 

「私の年齢は世間で団塊の世代って言われてます。個人的にもともと酒は弱いほうっていうか、ほとんど飲めない体質でした。それが急に、学生時代、だからもう二十年前ってことになるかと思います。飲めない酒を毎晩飲むようになりまして。飲まずにいられない立場に追い込まれたと言えるしまったくの被害者だって簡単に言えないし決められないことだと思うのですが、某党派の政治局員の某ってやつに追いかけ回されまして、それから来る日も来る日も飲まずにおれなくなりました」

 

ミーティングで政治・宗教についての話は原則タブー。チャは慌てたがその話はその箇所だけで暴発することなく後はごく一般的でありふれた酒歴に戻っていった。

 

看護師はミーティング・ルームでノートは取らない。用意はするけれどももし何かトラブルが生じた場合の記録のために持ってくるだけで個人的に混み入った話をわざわざ書いて残すのは看護師であってもしてはいけないことになっている。依存症者としては「同じグループ、同じ仲間」ゆえに一緒にやり直そう、生き直そうという主旨のミーティングなのに「同じグループ、同じ仲間」ゆえに「どこが同じなんだ、何が仲間なんだ」と思い怒りまくったことが浴びるほど飲むほうになったきっかけだという逆説をいきなりキロが口にするや隣に腰かけていた新患もどこか似たようなエピソードを口にした。「足の引っ張り合いはもう嫌だ、不毛だ」と。そういうことになってしまうとこのミーティング自体が無意味になってしまうかもしれない。

 

その日ミーティングが終わると病棟のリーダーに詰所へ来てもらいキロの話についてどう思うか、できれば止めてもらうよう言ってもらえないかと訊ねてみた。帰ってきた答えはこうだ。

 

「おれは団塊世代のちょっと上なんだけどね」

 

即答してくれると思っていたリーダーはチャだけでなく他の看護師が数人いる詰所の中で思っていたこととは別の記憶を丁寧に掘り返すようにしゃべり始める。

 

「キロはまだ二十六歳かそこらでしょ。相部屋へ入ってきた時に聞いてる。就寝時間がきてもすぐに眠れない患者どうし集まってベンチで話聞いてるとね、おれが若い頃に六〇年安保ってあってね、知ってる?」

 

「名前くらいなら―」

 

「まあそれは別としてもキロね、学生時代にいろんな政治党派やカルト団体向こうに回してせっせと社会運動やってたらしい。で中には話の合わない連中って出てくるのは当然。豹変した仲間が翌日には逆に襲いかかってくるってそういうことでしょ。今日はそのすぐ後に話した新患も某党派の政治局員がどうこうって言ってたみたいだけど。よほどひどい現場見てんだよ、たぶん」

 

病棟のリーダーはこれまた何を言わんとしているのかチャは理解に苦しむのだが、じゃあどう言えば説得してもらえるのだろう。

 

「チャさんね、あんまり深く考えることないよ。おれから言っとく。話はわかったから余計な混乱を招かないよう頼むって」

 

それを聞いて詰所の中全体の緊迫感が急にほぐれていく。チャは理由が掴めないながらも胸を撫でおろす。リーダーはちょっといいかなと言ってこう付け加える。

 

「高木先生には話してあるんだけど、おれね、六〇年安保の時に組合潰しやって食ってたんだ。誰か特定の人間から頼まれるわけじゃないけど、会社の職場にしても大学キャンパスにしても組合って聞きゃあ人数集めて殴り込んで潰してしまう。その間にあちこちにカネばらまいて第二組合とか作らせちゃう。するとどっかからおれの銀行口座にたんまりカネ振り込まれてるんだ。ばらまくカネの百倍くらい。おれ、それで食ってた」

 

チャの学生時代は勉強に明け暮れる毎日でそのあたりの事情はほとんど知らない。聞いてもぴんとこない。そもそも日本史の教科書の終わりくらいでモノクロ写真が掲載されてあるのを見た程度だ。

 

「それで食ってたんだけど、それで飲んでもきたわけで、バブル終わったでしょ。そしたらもう誰もおれのことなんかこれっぽっちも相手しなくなってさ。残ったあぶく銭かき集めて飲みまくってるうちに入院しかないってことになった。で今はここで世話になってるって、言ってみりゃ簡単なんだけど実際はもっと混み入っててめちゃめちゃだったな。もっとも今日のキロの話はマンネリじゃなかったんでいわば新陳代謝にはなったかな」

 

と言い残してリーダーは詰所を出ていった。

 

今の病棟リーダーが昔は組合潰しで食べていたなんてチャは始めて聞かされた。キロのことももう夜中の病棟の廊下で幾らか話しを聞いたという。それ以後キロの体験談は元へ戻ったが最初に聞かされたようなインパクトはない。だが一度上がった閃光は病院の外で行われている会合やミーティングへまたたく間に広がり、今度は退院してミーティングに顔を出している顔見知りの患者からキロの話を逆に聞かされるようになった。その患者は外来で診察に来ておりチャと顔を合わせると言う。

 

「いろいろあるよね、生きてりゃ。生きてくってそういうことかも」

 

それが四ヶ月ほど前のこと。チャは自分も誰かに話を聞いてほしいと思うことがある。就職すると看護学科時代の友人らと会う機会もぐっと減る。誰もかれもが忙しい。それなりに時間を作って日々の業務をこなしていくだけで精一杯だ。でもなぜ言葉ばかりこんなにも溢れかえっているのだろう。むしろ言葉の海の中で溺れてしまいそうだ。けれども溢れかえっているわりには救済されない気持ちが心のどこかでどんより残るのはどうしてだろう。

 

しばらく日記のことで気を取られていたチャ。ぼうっとしているように見えたのか同僚看護師の初瀬がテレビのチャンネルを換えながら明るいトーンで声をかける。

 

「チャ、今晩空いてる?よかったら一度山王条木場町あたりへ一緒に食べに出ない?暑いし」

 

「そうだね、それいいかも。確かに暑いわ」

 

「こたえるでしょ?」

 

「こたえる」

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二〇二五年七月二十二日(火)。

 

早朝(午前五時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

朝食(午前八時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

昼食(午後一時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

夕食(午後六時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

 

タマね、今日も飼い主の九十年代ノートレポート見たけど専門病院に置いてない抗精神薬ってあったの?

 

あったよ。成分はあんまり違わない場合でも大病院になればなるほど一度繋がりのできた製薬会社の製品を長く使う慣習があった。例えば抗不安薬だとジアゼパムって薬剤があるんだけど製薬会社によって商品名が違ってて「セルシン」とか「セレンジン」とか分かれてた。それでも精神科医療は総合病院と比較すれば随分規模が小さいほうだよ。

 

ほかに何かあったりしたの?

 

総合病院で大規模になればなるほどそういう傾向がより強かった。パソコンのメーカーで全部の病棟を繋ぐって時は使い勝手の良さだけじゃなく故障やメンテまでたったひとつの大企業が下請け使って請け負うわけで膨大なカネが動くよね。地方都市だと都市計画の一環でJRの新幹線引っ張ってきて駅前の総合病院の新築とかになると地元の政治家や製薬会社の重役だけじゃなくどこから引っこ抜いてきたのかよくわからないいわゆる「超美人」を連れてきて高級料亭とか借り切ってホテル予約して「枕営業」ってまだあった。

 

患者の家族だと必死だからそういうことがあってもあんまり表面化しないのかな。

 

患者家族はどの大病院に「名医」がいるとか口コミで聞くでしょ。するとどっと群がるから見えないところでどんな取引がされてるかって二の次三の次なんだよね。今だとネットで検索すれば根拠に乏しい「口コミ」が幾らでも出てくる。そういう病院だと病院職員の中にカルト信者ってほぼ必ず紛れ込んでる。特に有名な大病院は。事故や病気で家族を失くして自分も体も壊してる独身の患者も多くいてね、心の拠所を失ってるからその隙間につけ込んで勧誘するカルトって星の数ほどもある。

 

ちなみに飼い主は総合病院で勧誘されたことってあるの?

 

あるよ。末端のカルト信者にすれば何にも知らない若い患者に見えたんだろうね。飼い主が男だと見ると女性の信者が声かけてくる。専門病院には一年くらいの間を空けて二回入院してるんだけど、二度目のときはいつもの専門病院のベッドが満床で四日間ほど別の有名な病院の内科のベッドで待たされたことあるんだ。医師は京大医学部出身者が多いことでも有名で看護師の声掛けもそつのない感じ。しかし医療事務レベルになるとめちゃいい加減。患者が支払いに窓口へ顔を出してもまだ中できゃっきゃきゃっきゃとくっちゃべってる。いらっとするんだけどまあそういうところもあるよねって思ってさっさと専門病院の最寄駅へ行くバスに乗った。

 

それからそれから?

 

飼い主がアルコール病棟で再びお世話になりますって入院してる間に家のほうに謎の電話がかかってきてさ、それが四日間ほど入院してた京大系列の有名な病院に勤務してる女性らしくてカルトの勧誘始めたんだ。すぐ電話切ったって言ってた。電話切ったのは子猫の頃にタマのことを可愛がってくれてたおばあちゃん。飼い主の母親。母親の兄は今も生きてて飼い主から見れば叔父。叔父は京都の高校で定年まで教師勤めてたんだけど、学年主任も何度かやってて今さら何も驚かない。京都中の予備校に知り合いいたし。で、七〇年代から八〇年代の高校では今みたいに簡単にはしょったりしないで進路面談とかするじゃん。面談では生徒の親が学校に来るんだけど中には暴力団員も当然いるわけ。だからといって他の生徒と差を付けたりするのは筋違いだからちゃんと面談の準備整えとく。ところが面談って親と進路指導の教師のふたりだけの密室になるでしょ?じゃあお話ししましょうかって叔父が言うとね、いきなりスーツから刃物取り出して学校の机に本物のドス突き立てるんだ。じゃあその話っての聞かせてもらおうじゃねえかって。何年か教師やってるうちに慣れたって言ってたけど。ともかく京都ってのはおそろしく古い仁義なき世界と幾つかの政治絡みのカルト教団マッチポンプみたいに政財界と裏世界を牛耳ってたね。

 

えー、そんなことあったの?でも昨日飼い主が話してくれた高校時代のことも含めて京都でもそんな有名な病院の中までカルトって食い込んでるんだね。

 

高度成長期に躍進したってだけじゃなく不況が長引くと今の日本じゃどこへ行ってもそうなる。昨日話した参政党みたいに。あれの中身はほんとにえげつない。マス-コミはびびって言わないけど、その言わないというあさましい態度が、ヘーゲルに言わせると世界を再び真っ二つに分裂させるってこと。今の沖縄の宮古島でばんばん建設されてる軍事施設なんてルール無用の突貫工事に近いよね。そもそも法律の基準無視して推し進められてる。

 

飼い主いつの間にそんなこと知ってるの?

 

そりゃ信頼できそうないろんな情報はしっかりキャッチしとかないとタマの寿命が来るまでちゃんと養ってやれなくなるじゃん。

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Blog21・退院後リハビリ創作(1998~1999.長岡京市在住時代)

落ちない肌(12)

 

久世は二度目の入院だが解雇されておらず退院後仕事に戻ることになる。一方槙島は元暴力団員であり今は怪我を負っており組に戻ることはできず戻ろうとしても使い物にならず退院後は長期に渡り杖なしでは歩けない。一度は勤めた工務店の仕事に戻ることもできない。社会復帰のための中間施設へ入所することになるだろう。施設までは病院職員が車で送り届ける。途中で脱走しないようにするためだ。施設へ入ればそこで軽作業に従事することになる。

 

ふたりの今後についてそこだけを見れば久世の側がはるかに有利に見えはする。だが中間施設はある意味大人のための少年院のような場所でありかなり規律が厳しい。そのぶん作業に打ち込むことができる。余計なことを考えずに済むという点ではメリットといえるかもしれない。

 

久世は無職でないものの退院すればすぐ都会の喧騒の中へ放り出される格好になる。仕事を再開してしばらくすると賃金が手に入る。その足で酒を買い込むのも買い込まないのも久世の気持ちひとつだ。この夏の炎天下で屋外の作業を一日続けたあと、久世はまっすぐ家へ帰って入院していた時と同じように食事を取ることができるだろうか。炊事洗濯をひとりでコンスタントにこなしていくことができるだろうか。それができることと頭の回転のよさとはまた違っている。

 

チャは三年間の勤務でいろんなケースをひと通りは見てきたつもりだ。看護師といってもチャが勤める専門病院の場合、総合病院を舞台にした安物のテレビドラマのようにあわよくば将来性のある医師との華々しい出会いを見込んで就職したという話は聞いたことがない。それより開放病棟なので無理のかからない程度に病棟の外へ出て地域での共生そして社会復帰へ向けた過程を地道に描いていくのが理想でありそのための寄り添いが主軸。長引く不況であえて専門病院勤務を希望する看護師も増えている。

 

ここではひとつの病棟に二年勤務すれば次は他の病棟を希望することができる。多くはそうだ。しかしチャはなぜかこの人間関係がもつれにもつれていてしょっちゅう問題ばかりおこしがちな依存症者が運び込まれてくる病棟勤務を続けて希望した。退院したと思ったら一年経たずに再入院してくる患者がこれほど多い病棟もまたとない。さらに患者家族や身近な人の鎮鬱この上ない表情。藁にもすがる思いでたどり着いた患者家族や身近な人が見せる隠しようのない疲労は見るのも辛いと最初は耐えがたいものがあったが仕事を続けるうちに慣れてきた。また慣れてしまわなければやって行けない職場でもある。

 

昼食を終えて詰所の窓に映る眺めは市内北部ならどこにでもある杉や檜が多く近くの公園では芙蓉や百日紅が花を咲かせている。ありふれているがひとつ手前のバス停からこの病院までは民家がほぼ途絶えていて一本道の脇の歩道はアスファルト舗装。周辺に幾つかある病院関係者か面会人がちらほら歩いているばかり。真夏の公園は毎年彼岸花がたくさん見える。昼の勤務を終えて帰宅する際そんな野の花々を見るとチャは大学生の頃に覚えた歌を思い出す。「くれなゐの百日紅は咲きぬれど此きやうじんはもの云わずけり」。「気のふれし支那のをみなに寄り添ひて花は紅しと云いにけるかな」。「狂院を早くまかりてひさびさに街をあゆめばひかり目に染む」。いずれも斎藤茂吉だが看護学科へ進む前の教養部時代に医師を目指すにせよ看護師になるにせよ短歌なり俳句なりを覚えておくといいと言われ目を通した幾つかの歌。茂吉の時代とはまるで違った郊外の風景のはずだがチャにとっては忘れがたい歌ばかりで窓の外を見ると時間が止まったような気になることがある。

 

高木が詰所へ入ってきた。いつもの飄々とくだけた声で高木はいう。

 

「それじゃあ今日診る患者さんを呼んでもらえますか」

 

「はい」

 

チャはまとめてあるカルテを高木に手渡す。高木はざっと見て何か考える仕草を見せた。詰所には他の看護師が何人かいる。話を聞いておくのだろう。ケースワーカーが同席することもあるが今日は朝早くから車で近くの作業所へ出向いている。高木の受け持つ患者が順番に呼ばれて詰所へ入ってくる。三番目に呼ばれたのは左近だ。チャの担当なのでその横に立つ。高木がたずねる。

 

「どんな感じですか。点滴は午前だけにしましたが食欲は戻ってます?」

 

「はい」

 

「朝昼夕と食べれてますか」

 

「まあまあじゃないかと」

 

「まあまあですか。慌てなくてもゆっくりでいいのでできるだけご飯食べるようにしたいですね。午後は時間空いたはずですけど何かされてますか。まだ調子でませんかね」

 

「はあ、ベッドで横になってますけど」

 

「もう散歩とかしてもらって構いませんので、他の患者さんとでも。朝の体操はできてますか。どこか痛いところとかないですか」

 

「これといってないかな」

 

「ないですか。じゃあご飯食べてだんだん体を動かすようにしていきましょう。軽いストレッチとかでもいいですし。夜はだいぶ眠れるようになってきたみたいですけど薬はレンドルミンだったかな、もうしばらく同じのを続けて出しときます」

 

「ありがとうございます」

 

「午前中の点滴ももうあと二日ほどで終わると思うので、面倒かもしれないですけどもう少し我慢して下さい」

 

「はい、ありがとうございました」

 

しおらしげに頭を下げてとぼとぼと詰所を出ていく左近を見ているとチャは幻聴にうなされていた時の左近の大声を思い出す。「死ね」とか「殺される」とか「この淫乱が」とか「売女のくせに」とか。決して笑えない内容なのだがこの落差はなんなのだろうと我になくちょっぴりいじわるな気持ちが湧いてこなくもない。

 

数人の患者を診たあと最後に久世と槙島の順番で高木は訊ねる。

 

「そろそろですね」

 

「まかしといて下さい」

 

「久世さん退院したらすぐお仕事に戻るって聞いてますけど」

 

「会合にも顔出します」

 

「是非そうして下さい。仕事が軌道に乗ってからも」

 

「わかってるつもりです。二度目ですし」

 

そして槙島。久世は先に詰所を出る。

 

「中間施設。見学に行ってどうでしたか」

 

「う~ん。行くしかないでしょ」

 

と言って槙島は天井を見上げる。高木もそう聞いてそれ以上なにも言わない。チャが時間の重さを感じるのはこういう時だ。中間施設へ入ったとしても槙島の場合うまくやって行けるかどうかの保証はどこにもない。極めて厳しいといっていい。槙島の生育歴を知っていてもだからといって外へ出れば今の世の中でどこの誰が情けのひとつもかけてくれるというのか。長女の葵は北小路ミーティングへ患者家族として参加しているという。ふたりの弟を抱えているのだが結婚なんて死んでもしない、男なんか金輪際けっして信じない、弟は葵がひとりで育てて見せるといつも言っているらしい。

 

診察が終わり高木と看護師数人だけになるとチャは次の患者役員名簿を手渡して見せた。ひと目見て「いいんじゃないですかね。問題ないと思いますよ」と高木は答える。名簿をチャの手元へ戻す。何か思い出したかのようにチャのほうをもう一度向いて高木が訊ねる。

 

「久世さんや槙島さんが入院してくるちょっと前に退院した若い患者さんがいたの覚えてます?キロさんと山村さん。出勤してガレージで車から降りたら安西医院の看護師さんが用事で来てらして挨拶したらね、ふたり一緒に会合やミーティング回りしてるの何度か見かけたって聞いたんです」

 

キロさんと山村さん。そうだった。チャはつい昨日、久世と槙島の今後を考えていたら依存症について昔は「地獄を見るまでわからない」と言われていたらしいと思い出した。キロが役員名簿を提出しに詰所へやって来たとき偶然テレビで選挙のニュースが流れていた。「これこそ問題の一丁目一番地ではないでしょうか、みなさん!」。立候補者ががなり立てるステレオタイプで空疎な演説を見たキロがそばでこうつぶやいた。

 

「地獄に一丁目も二丁目もないですよね」

 

その時チャは思った。なるほど言われてみれば簡単な話でかえって問題をややこしくして有権者を無用な錯覚へ迷い込ませているのは選挙演説の側なのではと。言葉なんだ、パフォーマンスなんだと。

 

高木はそれぞれ自室へ帰っていったばかりの久世と槙島の処方箋のことへ話を戻した。

 

「退院間近の久世さんと槙島さんなんですけど試してみたら薬合うみたいですね。増やして欲しいとも言わないし」

 

レキソタンのことだとチャは思う。

 

「もともと鬱っぽいのか退院が近いから鬱っぽくなってるだけなのかは僕もわからないんですけど」

 

レキソタンならこの前チャも処方してもらったばかりだ。チャにもよく合ったと思える。高木先生はちょっと話を聞いただけでよくわかるんだなあと素朴に感心する。しかし高木が続けるのを聞いていると思いも寄らない駒が出たという話になった。

 

「僕ね、四ヶ月ほど前の全体会合に顔出した時に指名されて十五分ほどしゃべったんですよ。治療というより暇な時に何してるって話題になってね。お説教する場じゃないから困ったんだけど、医局で暇になるときあるでしょ?そんな時にはいつも<こんにちは治療薬>って南郷堂から毎年出る書籍をぺらぺらめくってるって話したんですよ。それを前のほうで聞いてたのがキロさんでね。その五日後くらいの診察でソラナックス効いてるのかどうかよくわからないんでレキソタンあれば換えて下さいって言うんですよ、キロさんが」

 

チャは高木が何を言おうとしているのかまだぴんとこない。

 

「で診察室から薬局に電話して、この病院レキソタン置いてましたっけって聞いたら置いてますよって返事だったんでその時からセルシンデパスがいまひとつ効いてないって言う患者さんにレキソタン出すようにしたんです。だからつい最近?チャさんにもよく効いてくれたみたいで助かったってわけです。もっともキロさんの場合は始めからちょっと鬱っぽいなと思ってはいたんですが」

 

そういえば。

 

(キロさん毎日日記付けてた―)

 

チャは思い出す。暇な時間に廊下でおしゃべりに励む人は多い。本を読んだりする患者さんは少ない。日記なんて付ける人はめったにいない。ということはチャが二十五年間続けてた日記で一日の締め括りに難渋し始めて寝つきもよくなくて困ってると高木に言うと、ほとんど即座にレキソタン出してみようと処方箋を書いてもらったのだが、ことの始まりは日記繋がりでキロさんだったわけ?

Blog21・二代目タマ’s ライフ629

二〇二五年七月二十一日(月)。

 

早朝(午前五時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

朝食(午前八時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

昼食(午後一時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

夕食(午後六時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

 

タマね、今日も飼い主の九〇年代ノートレポート見たよ。看護師のチャは専門病院勤務三年目で仕事はだいたい身に付いてきたんだけどそのぶんこれまで見えてなかったことが見えるようになってきた頃なのかな?

 

うん。慣れてくるとね、慣れたら慣れたで現場の見え方がそれまでとは違ってくる。それはどこの職場でもよくあることだよね。補足的に少し言っとくと、アルコール病棟は独立してたんだけど、アルコールだけじゃなくて他のいろんな薬物依存と混ざってしまってる患者の病棟がまた別にあった。薬物依存のほうは時代に先行してるっていうと変な言い方なんだけど若年層が圧倒的に多かった。九〇年代後半にPHSって端末が日本国内で発売されてね、今でいう安価なスマホの走りみたいな無線通信機器。それ使えば違法であれ合法であれほぼどんなクスリでも処方箋なしに簡単に手に入るようになった。安価だしね。同時に雑誌の特集とかでどんなクスリをカクテルすると遊べるとかあれとこれと酒を混ぜると最高っていう記事が結構出回った。就職氷河期と重なって手軽なバイトでおやつ代わりにむしゃむしゃ薬物食べてるような未成年なんてあちこちで見かけるようになった。バブル消えて日々の生活苦がモロにのしかかってきたのが一番大きいといえばそれまでのことなんだけど、だけじゃなくて若い人ってずっしり重い暴力団に関わりたくないという理由と、けど薬物で遊んで気晴らししたいって気持ちと両方ある。そんな時代背景と生活環境が相まってさらに不況から抜け出せないうちにスマホ一台で好きな時に好きなものが何でも手に入るようになった。当時飼い主は入院中に一度うつ状態がひどくなった時期があって静かな病棟で少し休ませてほしいって言ったら薬物その他いろいろ混じってる病棟に静かな部屋が空いててね、そこで何日か過ごしたことあるんだ。一日中ひと言も口聞かないでひたすらベッドで布団かぶってる自閉症の子から年配になると七〇年代万博の頃に流行ったシンナーやトルエンで歯も脳もところどころ溶けてしまってる患者までごちゃごちゃになってる病棟だったけどアルコール病棟より静かなのは静か。

 

チャは薬物等ごちゃごちゃ病棟のこと知ってるの?

 

知ってるよ。そっちへ移っても十分看護師やっていける人だった。専門病院じゃ統合失調症患った患者のほうがずっと多いんだけど統合失調患者ってハイな人なんてほとんどいない。九割方はとってもおとなしくてさ、相部屋で軽作業の時間だとひたすらちょこちょこ軽作業やってて、夕食ですよおって看護師が声かけるとよろよろ集まってきてぱくぱく食べてまたよろよろ部屋へ戻ってく感じで看護師としては一緒に付き添ったり遊んであげたりするのが主な仕事だから看護師の多くはそっちへ行きたがる。あと認知症とかアルツハイマーが多い高齢者病棟ね。だからアルコールや薬物が抜けると途端に口達者なシラフになってなんだかんだと問題起こしがちなアルコール病棟と薬物ごちゃごちゃ病棟勤務を希望する看護師ってめちゃめちゃ少なかった。PHSが発売された頃ちょうど入院してたから今の若年層がスマホ片手にやりがちな依存的言動ってもう三〇年前から目に浮かぶようだったね。このままじゃ思春期がターゲットになるってのはわかりきってて早く独立して専門医やってる人いるんだけど、今も京都で。その先生が思春期医療やろうと思った動機のひとつは若い頃に読んだ太宰治だって言ってた。独立するや見るみるうちに患者増えちゃってさ、一応アルコール病棟勤務経験もあるし学生患者も診れるしっていうんで、今やあまりにも患者が多すぎて予約一杯なんで実名は出せない。

 

ふ~ん。人間って奥が深いのかな~んも考えてないのかわかんなくなっちゃうよ、猫のタマとしては。それとね、今日のテレビ見てたらまた参政党って出てたよ。

 

飼い主は大学在学中の中曽根政権時代からこれまでずうっと統一教会脱会支援やってきたんだけど統一教会そのものが政治政党になるわけじゃなかった。けど参政党はカルトそのものが政治政党。中東のガザで小さな幼児の頭を銃器で叩き割って頭部をまっぷたつにぐんにゃり伸ばしてなぶり殺しにしてるとこをスマホ撮影して世界中に発信して悦んでるイスラエル極右政権と参政党が昔からずっと分厚い仲間どうしだって、日本のマス-コミはひとつも言わないでしょ。びびりまくって。さらに参政党はヤマト-イスラエル友好協会っていうカルトのフロント組織でさ、ヘブライ原理主義の教義に基づいた優生思想の本家本元で日本の皇室や皇族の中にも男性は優等で女性は劣等って頭から信じ込んでる連中ばかり。例えばね、天皇ヒロヒトは優等民族だけど皇后雅子はただ単なる「産む機械」に過ぎないって考え方。もっとも口には出さないよ。けどヘブライ原理主義ってのは昔からそうだし今はトランプ大統領率いるアメリカのユダヤロビーとがっちり組んでるから連中が何を考えてるかなんて手に取るようにわかる。

 

そうなんだあ。昨日さあ、飼い主の高校時代の話で「男子は少しぐらいやんちゃで年に一度くらい喧嘩のひとつもしたほうがはきはきと自己主張できる大人に育つって、あろうことか宗教の教師がそんなこと学校内で平然と口にしてた」って言ってたじゃん。ほんとの話?

 

ほんとだよ。飼い主が通ってた頃からそんなこと言ってた。担任教師やったこともある。まだ子猫だった頃のタマを可愛がってくれたお婆ちゃん覚えてるだろ?飼い主の母親ってことになるんだけど飼い主から見て母方の従姉妹は飼い主が通ってた高校の後輩なんだよ。そんときたまたま従姉妹が入学したばかりの一年生の時の担任に当たったのがその宗教教師。延暦寺学園比叡山高校だね。

 

そうなの?窓のすぐそこに見えてる。

 

うん。で飼い主が通ってた高校の同窓生代表は当時一年上にいてた生徒でね、今は滋賀県の県議やってる。その父親が衆議院議員やってて後継いだ形なんだけどその息子も統一教会の支援受けて議員になった。そんなのが同窓生代表で今ものうのうと生きてる。こっちは関大入ってから何度も統一教会の人間に脅迫され殺されかけたってのに。大阪で障害者介護してた頃なんてありとあらゆるカルト団体から死刑宣告が届くし。その中でも今回注目された参政党のバックのヤマト-イスラエル友好協会ってのはめちゃめちゃ悪質。日本の皇族のこともヘブライ原理主義に基づく優生思想で誰が上で誰が次で誰はもうスキャンダルの泥沼へ沈めて社会的に抹殺してしまえばいいって順位を決めてるのが丸わかり。それに日本国内に限ってみて統一教会悪徳商法だけでも被害者団体から相当怨念買ってるし、特にパレスチナ支持でなくてもこれまで自民党支持してきた比叡山なんて何度叩き潰しても潰したりないと思ってる人は全国各地に山ほどいる。特に被害者二世三世世代。琵琶湖の東岸から見るとね、比叡山ってそれはそれは見晴らしよくて最新型ミサイルの格好の標的。ミサイル売ってるのは世界中の軍事産業だけど中でもイスラエルは最新鋭タイプを売り出し中で、ほとんど使い物にならなくなった統一教会といちゃついてきた宗教教団なんていつ爆発したって全然構わないって立場。とにかくユダヤロビーは世界中に根を張ってる。軍事で儲かる今はなんでもする。AI時代の「無敵の人」。

 

ええ、そんなに恨み買ってるならいつこのそばにミサイル飛んできてもおかしくないじゃん。火の海になってタマも飼い主も死んじゃう。そんなのやだあ。

 

と言ってもさ、Z世代とか言って若い世代をちやほや持ち上げとく一方、ただ単なるSNSのデマ見て本気にするような若年層をせっせと作り上げてきたのはそもそも自民党満州の引き上げ組の岸一族と安倍一族と電通

 

飼い主の高校の後輩に当たる従姉妹さんは今どうしてるの?

 

三児の母だね。大人だよ。けど高校時代のことは今でも思い出したくないって。高卒後は岡山理科大に進学したんだけどさ、あとに安倍政権時代に発覚したモリカケ問題があってね、その加計学園が作った公立の理系大学が岡山理科大モリカケ問題発覚でずいぶんショックだったみたいだけど表には出さなかったように思うね。表に出したら、え、あのモリカケと関係ある人?って思われるから。

 

はー、そんなことがあったのかあ。タマ知らなかった。

 

統一教会問題では大阪にいた頃ずいぶん在日韓国朝鮮人や障害者と付き合って差別偏見反対を訴えてきたし、脱会運動にも顔出してた。ようやく収束してきたかなと思ったらもっと厄介な「キリストの幕屋」とか「ヤマト-イスラエル友好協会」が参政党って名乗って出てきた。関大で統一教会反対集会やった後にマス-コミがそのスポークスマンの学生や教授を取材源にしてたんだけど、実際に学内の一般学生から人集めしたのは飼い主らだよ。飼い主はその頃フランス現代思想とかやってて体力勝負でいちびってるスポークスマンから嫌がられて追い出された。追い出したほうの体力自慢学生の言葉を取材して飼い主を落とし込めるようなことに加担してきたのはマス-コミでさ、なかでも朝日新聞はひど過ぎる。間違いを認めようとしない。だからといって産経やフジテレビや読売の側がいいとは一概に言えないわけだけど。

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