二〇二五年七月二十三日(水)。
早朝(午前五時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。
朝食(午前八時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。
昼食(午後一時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。
夕食(午後六時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。
タマね、今日も飼い主の九〇年代ノートレポートの続き見たよ。なんだか話が長いね。
そりゃひとつの患者のケースを取り上げただけでも家族や周囲の人間はどんと増えるしそこらへんくらいの話にはなるよ。これでもぎゅうぎゅう詰めにしてかなり整理してるほうだよ。
それはそうとミーティングでは政治・宗教の話は原則的に御法度だったの?
そうだね。なかにはある宗教に入信してからうつ病や依存症治療に繋がることができたんでいつもその宗教に感謝してますってなこと話し始める患者さんがいてさ、話にストップかけるのに困ることあった。でも世の中にはいろんなカルトがあってさ、患者家族で学校出たばかりで親の酒びたり薬物漬けを何とかしたいって泣きながらバイトしてる大学生に声かけてきて、入信して教祖様を信心すればきっと病気は治るって言葉巧みにデマ丸出し言われて勧誘されたあげく全財産持っていかれて見捨てられたって患者の家族もいてさ、そういう話なら注意喚起になるしOKだった。
今日はキロさんのぶっちゃけ発言って出てきたんだけどそういう新陳代謝っていうの?、周期的に必要なのかな。
キロのあの発言ね。モデルは実は飼い主なんだ。それまでに何度かミーティング会場周りしててどこ行っても酒びたりになったことは当事者の誰もが認めてるんだけど何が主要因でそうなったかって話す人って見たことなかった。そういうミーティングが続くと半年経たないうちにミーティング自体が停滞ムードになって無難な話しかしなくなる。空気が澱んでくる。実際に飼い主もその種の澱んだ空気って嫌だったし鬱病者としては逆に鬱陶しくなるばかりでね。ところがミーティングが終わって帰りの喫茶店で話してると結構なにが決定的原因になったかって誰にってわけじゃなくぼそぼそ言う人いるんだ。ミーティングではいろんな人が聞いてるんでなかなか話づらいことでも帰りの喫茶店でお茶してるとぽっとそういうことつぶやく人いるわけ。
それ知ってるからってこともあってたマンネリに陥ってる会場の空気時代を動揺させるようなこと言ったの?
そう。どのミーティングでも古臭い体質の会合でも足の引っ張り合いやりたがる人っているわけ。陰湿な人はいる。親分ヅラしたくてしょうがないって人はいる。でもそれに引きずられてばかりじゃ鬱病患ってる患者にしたらたまったもんじゃない。というわけでタイミング見てぶっちゃけ言うんだ。何が仲間なんだ、足の引っ張り合いしてどこが面白いの?って意味のことを。一度か二度くらい全体会合の二百人くらい来てる場でそれ言ったことあるよ。で司会やってる人たちはみんな患者で慌てるしその家族もどよめくんだけどいつも大きな会合では専門病院の担当医が来場して様子をじっと見る体制は出来上がっててね。それわかっててあえてマイクで言ったんだけどドクターストップかかったことは一度もない。
空気の入れ換えって時には大事ってことなのかな。
大事だと思うよ。あんまり連発する必要はないけどたまにはね。そうじゃないと延々嫌味ばかり言い続ける人とか病気自慢し始める人とかいてて飼い主自身の精神衛生上よくないと思ったから。言えそうにないことでもだんだん言えるようになってなおかつトラブルになったり泣き寝入りしなくてもいいようになってきて始めて大人をやり直すことができるってのは精神医療の前提として初心者向けのパンフレットから専門家の論文までどれ見ても書いてある。同時に当時は一般に社会問題を取り扱う専門誌って書店で売ってたから特にカルト対策特集は定期的に取り上げられてた。細々だけどそれがなかったら今のLGBTQ問題まで繋がることはできなかったのはほぼ確実だといえる。
なのに今頃になって性的マイノリティ排除や外国人排除を掲げた政治政党が躍進してきて困ったってことになってるけど。
外国人排除なんてとんでもない発言でね、諸外国との良好な関係抜きに日本の食料自給率の維持なんてとてもじゃないけど不可能。第一次産業はもちろんだけど製造業も外国人人材なしにやっていけるわけない。今の若年層ね、Z世代って言われてて大学全入時代にもなったっていうのに大学で一体なに学んでたのって不可解で仕方がない。で政府も今の若い人がを大切に!って言うわけだけど今の若い人も三〇年経たないうちに市場原理主義の中で淘汰されてくんだよ?高齢者になるんだよ?その時になって今回の選挙投票が果たして正しかったかって思い直しても遅い。遅すぎる。SNSで根も葉もないデマ信じ込んで投票した今のZ世代が中高年になる頃には自分たちの子どもはもっと過酷で悲惨で目をおおうような世の中をあとでなくさまよっていく。そんな社会を作ってしまったのは自分たちがZ世代とか言われてちやほやほてされて図に乗った結果だって悔やんでも悔やみきれないだろうと思うね。