落ちない肌(12)
久世は二度目の入院だが解雇されておらず退院後仕事に戻ることになる。一方槙島は元暴力団員であり今は怪我を負っており組に戻ることはできず戻ろうとしても使い物にならず退院後は長期に渡り杖なしでは歩けない。一度は勤めた工務店の仕事に戻ることもできない。社会復帰のための中間施設へ入所することになるだろう。施設までは病院職員が車で送り届ける。途中で脱走しないようにするためだ。施設へ入ればそこで軽作業に従事することになる。
ふたりの今後についてそこだけを見れば久世の側がはるかに有利に見えはする。だが中間施設はある意味大人のための少年院のような場所でありかなり規律が厳しい。そのぶん作業に打ち込むことができる。余計なことを考えずに済むという点ではメリットといえるかもしれない。
久世は無職でないものの退院すればすぐ都会の喧騒の中へ放り出される格好になる。仕事を再開してしばらくすると賃金が手に入る。その足で酒を買い込むのも買い込まないのも久世の気持ちひとつだ。この夏の炎天下で屋外の作業を一日続けたあと、久世はまっすぐ家へ帰って入院していた時と同じように食事を取ることができるだろうか。炊事洗濯をひとりでコンスタントにこなしていくことができるだろうか。それができることと頭の回転のよさとはまた違っている。
チャは三年間の勤務でいろんなケースをひと通りは見てきたつもりだ。看護師といってもチャが勤める専門病院の場合、総合病院を舞台にした安物のテレビドラマのようにあわよくば将来性のある医師との華々しい出会いを見込んで就職したという話は聞いたことがない。それより開放病棟なので無理のかからない程度に病棟の外へ出て地域での共生そして社会復帰へ向けた過程を地道に描いていくのが理想でありそのための寄り添いが主軸。長引く不況であえて専門病院勤務を希望する看護師も増えている。
ここではひとつの病棟に二年勤務すれば次は他の病棟を希望することができる。多くはそうだ。しかしチャはなぜかこの人間関係がもつれにもつれていてしょっちゅう問題ばかりおこしがちな依存症者が運び込まれてくる病棟勤務を続けて希望した。退院したと思ったら一年経たずに再入院してくる患者がこれほど多い病棟もまたとない。さらに患者家族や身近な人の鎮鬱この上ない表情。藁にもすがる思いでたどり着いた患者家族や身近な人が見せる隠しようのない疲労は見るのも辛いと最初は耐えがたいものがあったが仕事を続けるうちに慣れてきた。また慣れてしまわなければやって行けない職場でもある。
昼食を終えて詰所の窓に映る眺めは市内北部ならどこにでもある杉や檜が多く近くの公園では芙蓉や百日紅が花を咲かせている。ありふれているがひとつ手前のバス停からこの病院までは民家がほぼ途絶えていて一本道の脇の歩道はアスファルト舗装。周辺に幾つかある病院関係者か面会人がちらほら歩いているばかり。真夏の公園は毎年彼岸花がたくさん見える。昼の勤務を終えて帰宅する際そんな野の花々を見るとチャは大学生の頃に覚えた歌を思い出す。「くれなゐの百日紅は咲きぬれど此きやうじんはもの云わずけり」。「気のふれし支那のをみなに寄り添ひて花は紅しと云いにけるかな」。「狂院を早くまかりてひさびさに街をあゆめばひかり目に染む」。いずれも斎藤茂吉だが看護学科へ進む前の教養部時代に医師を目指すにせよ看護師になるにせよ短歌なり俳句なりを覚えておくといいと言われ目を通した幾つかの歌。茂吉の時代とはまるで違った郊外の風景のはずだがチャにとっては忘れがたい歌ばかりで窓の外を見ると時間が止まったような気になることがある。
高木が詰所へ入ってきた。いつもの飄々とくだけた声で高木はいう。
「それじゃあ今日診る患者さんを呼んでもらえますか」
「はい」
チャはまとめてあるカルテを高木に手渡す。高木はざっと見て何か考える仕草を見せた。詰所には他の看護師が何人かいる。話を聞いておくのだろう。ケースワーカーが同席することもあるが今日は朝早くから車で近くの作業所へ出向いている。高木の受け持つ患者が順番に呼ばれて詰所へ入ってくる。三番目に呼ばれたのは左近だ。チャの担当なのでその横に立つ。高木がたずねる。
「どんな感じですか。点滴は午前だけにしましたが食欲は戻ってます?」
「はい」
「朝昼夕と食べれてますか」
「まあまあじゃないかと」
「まあまあですか。慌てなくてもゆっくりでいいのでできるだけご飯食べるようにしたいですね。午後は時間空いたはずですけど何かされてますか。まだ調子でませんかね」
「はあ、ベッドで横になってますけど」
「もう散歩とかしてもらって構いませんので、他の患者さんとでも。朝の体操はできてますか。どこか痛いところとかないですか」
「これといってないかな」
「ないですか。じゃあご飯食べてだんだん体を動かすようにしていきましょう。軽いストレッチとかでもいいですし。夜はだいぶ眠れるようになってきたみたいですけど薬はレンドルミンだったかな、もうしばらく同じのを続けて出しときます」
「ありがとうございます」
「午前中の点滴ももうあと二日ほどで終わると思うので、面倒かもしれないですけどもう少し我慢して下さい」
「はい、ありがとうございました」
しおらしげに頭を下げてとぼとぼと詰所を出ていく左近を見ているとチャは幻聴にうなされていた時の左近の大声を思い出す。「死ね」とか「殺される」とか「この淫乱が」とか「売女のくせに」とか。決して笑えない内容なのだがこの落差はなんなのだろうと我になくちょっぴりいじわるな気持ちが湧いてこなくもない。
数人の患者を診たあと最後に久世と槙島の順番で高木は訊ねる。
「そろそろですね」
「まかしといて下さい」
「久世さん退院したらすぐお仕事に戻るって聞いてますけど」
「会合にも顔出します」
「是非そうして下さい。仕事が軌道に乗ってからも」
「わかってるつもりです。二度目ですし」
そして槙島。久世は先に詰所を出る。
「中間施設。見学に行ってどうでしたか」
「う~ん。行くしかないでしょ」
と言って槙島は天井を見上げる。高木もそう聞いてそれ以上なにも言わない。チャが時間の重さを感じるのはこういう時だ。中間施設へ入ったとしても槙島の場合うまくやって行けるかどうかの保証はどこにもない。極めて厳しいといっていい。槙島の生育歴を知っていてもだからといって外へ出れば今の世の中でどこの誰が情けのひとつもかけてくれるというのか。長女の葵は北小路ミーティングへ患者家族として参加しているという。ふたりの弟を抱えているのだが結婚なんて死んでもしない、男なんか金輪際けっして信じない、弟は葵がひとりで育てて見せるといつも言っているらしい。
診察が終わり高木と看護師数人だけになるとチャは次の患者役員名簿を手渡して見せた。ひと目見て「いいんじゃないですかね。問題ないと思いますよ」と高木は答える。名簿をチャの手元へ戻す。何か思い出したかのようにチャのほうをもう一度向いて高木が訊ねる。
「久世さんや槙島さんが入院してくるちょっと前に退院した若い患者さんがいたの覚えてます?キロさんと山村さん。出勤してガレージで車から降りたら安西医院の看護師さんが用事で来てらして挨拶したらね、ふたり一緒に会合やミーティング回りしてるの何度か見かけたって聞いたんです」
キロさんと山村さん。そうだった。チャはつい昨日、久世と槙島の今後を考えていたら依存症について昔は「地獄を見るまでわからない」と言われていたらしいと思い出した。キロが役員名簿を提出しに詰所へやって来たとき偶然テレビで選挙のニュースが流れていた。「これこそ問題の一丁目一番地ではないでしょうか、みなさん!」。立候補者ががなり立てるステレオタイプで空疎な演説を見たキロがそばでこうつぶやいた。
「地獄に一丁目も二丁目もないですよね」
その時チャは思った。なるほど言われてみれば簡単な話でかえって問題をややこしくして有権者を無用な錯覚へ迷い込ませているのは選挙演説の側なのではと。言葉なんだ、パフォーマンスなんだと。
高木はそれぞれ自室へ帰っていったばかりの久世と槙島の処方箋のことへ話を戻した。
「退院間近の久世さんと槙島さんなんですけど試してみたら薬合うみたいですね。増やして欲しいとも言わないし」
レキソタンのことだとチャは思う。
「もともと鬱っぽいのか退院が近いから鬱っぽくなってるだけなのかは僕もわからないんですけど」
レキソタンならこの前チャも処方してもらったばかりだ。チャにもよく合ったと思える。高木先生はちょっと話を聞いただけでよくわかるんだなあと素朴に感心する。しかし高木が続けるのを聞いていると思いも寄らない駒が出たという話になった。
「僕ね、四ヶ月ほど前の全体会合に顔出した時に指名されて十五分ほどしゃべったんですよ。治療というより暇な時に何してるって話題になってね。お説教する場じゃないから困ったんだけど、医局で暇になるときあるでしょ?そんな時にはいつも<こんにちは治療薬>って南郷堂から毎年出る書籍をぺらぺらめくってるって話したんですよ。それを前のほうで聞いてたのがキロさんでね。その五日後くらいの診察でソラナックス効いてるのかどうかよくわからないんでレキソタンあれば換えて下さいって言うんですよ、キロさんが」
チャは高木が何を言おうとしているのかまだぴんとこない。
「で診察室から薬局に電話して、この病院レキソタン置いてましたっけって聞いたら置いてますよって返事だったんでその時からセルシンやデパスがいまひとつ効いてないって言う患者さんにレキソタン出すようにしたんです。だからつい最近?チャさんにもよく効いてくれたみたいで助かったってわけです。もっともキロさんの場合は始めからちょっと鬱っぽいなと思ってはいたんですが」
そういえば。
(キロさん毎日日記付けてた―)
チャは思い出す。暇な時間に廊下でおしゃべりに励む人は多い。本を読んだりする患者さんは少ない。日記なんて付ける人はめったにいない。ということはチャが二十五年間続けてた日記で一日の締め括りに難渋し始めて寝つきもよくなくて困ってると高木に言うと、ほとんど即座にレキソタン出してみようと処方箋を書いてもらったのだが、ことの始まりは日記繋がりでキロさんだったわけ?