Hakurokin’s 縁側生活

アルコール依存症/うつ病/リハビリブログ

Blog21・二代目タマ’s ライフ655

二〇二五年八月十六日(土)。

 

早朝(午前五時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

朝食(午前八時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

昼食(午後一時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

夕食(午後六時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

 

タマね、今日も飼い主の九〇年代ノートレポート見たよ。あんまり廉価な車乗ってると信用しない患者さんっていたの?

 

いたよ。今はもう少なくなってきたと思うけどね。当時は患者も患者家族も昭和頭の人っていた。そんな理由で病院決める人。看護師が電車やバスで通勤してるってだけであの看護師は給料もらえてないんじゃないか、仕事できないんじゃないかって偏見持ってる患者もいたくらい。患者家族が面会に来るとそんな話してたりする。昭和頭だと治る病気も治らない。

 

今日はいわゆる仕事が「できる人」の落とし穴って出てきてるけどお酒や薬物患者の場合はあんなふうな感じになるんだ。

 

「できる人」ってどの世界にもいるよね。高揚感とか達成感があるし。でも目標にしてる仕事ができた時の喜びじゃなくてそれに伴う高揚感や達成感のほうが目的へ転倒してしまってる人。仕事って一日で全部やり終えないといけないわけじゃないし、ひとりじゃできない大きなプロジェクトになると手分けしてチーム組んでやるでしょ。そうじゃなくて何がなんでも自分ひとりでやらないと気が済まない人って今でもいてる。そういう人の場合はもし予定通りに仕事がはかどらなかったら無駄にいらいらしたり周囲にやつ当たりしてセクハラやパワハラやったり自分ひとりで抱え込んで頭を壊しちゃったりしやすい。

 

退院後一年半から二年くらいはライフスタイルの見直しに当てるのが理想ってのは当時からわかってたんだ。

 

そうだよ。けど不況続きの上に市場原理主義が入ってきて治療どころじゃなくなってきた。当時は「できる人」がそうじゃない人に向かってあいつはだめなやつだとか偉そうに平気で言い放ってたんだけど、今ではそんな酷いことを口にしてた人が逆に心を病んで難治性の精神疾患を患って病院通いしてるような状態だからね。どの職業でも。どれほどお金持ってても。今のアメリカなんか世界随一のメンタルヘルス大国になって長いんだけど実際に半分壊れてるの見りゃよくわかる。あの真似してたら日本は確実に地上から消えて失くなる。

 

順調に退院したはずの久世さんがまたまた舞い戻ってきそう。

 

あれね、よくあるケースなんだ。酒に限らずクスリでもギャンブルでも。摂食障害もそうかな。一度目から二度目は何年かブランクあるけど二度目から三度目は早くて一週間とかで入院させてくれって。今でもその傾向は続いてて少子化で人口は減ったのに自殺率は下がってない。久世の場合は三度目のチャンスを使い果たしてしまうともう同じとこへは入れてもらえないから一度どこかよその病院で回復治療させてもらって三回目の入院機会を残しとこう、よそを探すとすればどこがいいかって考えるわけだけどそんなふうに考えること自体がもうギャンブルに等しい。でもこのパターンは今なお多いんだよ。

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Blog21・退院後リハビリ創作(1998~1999.長岡京市在住時代)

落ちない肌(37)

 

女性のアルコール病棟へすだちらを送り届けた後初瀬が詰所へ戻ってきた。

 

「ただいま」

 

チャが迎え入れる。

 

「おかえりい。お疲れさまでした。暑かったでしょ」

 

「昼間はまだ暑いわ。お盆過ぎても」

 

「涼しげな人見かけたって、キロさんと上村さん」

 

ふたりに目をやりながら初瀬はなんのことだろうという表情を見せる。

 

「ここへ来る途中で幕之内先生がオープンカーで走ってるの見たんだけどあっという間だったらしいよ」

 

「ああ、あの真っ赤な。アルファロメオのスパイダー。なんだか気持ちわかんなくもない」

 

「気持ちって?」

 

「幕之内先生、まだ若いじゃん。年上っていってもあたしたちより五年ほどでしょ?それもあると思うんだけどただ単に若いだけじゃなくてひとあたりがいいし、特に若い患者さんから慕われてて七王堀川で開院してからも退院した若い患者さんの多くが幕之内先生とこ行ったじゃん。でも患者さんの症状は同じ病気の症状抱えてる人ばかりなわけで相談事とかかえって増える。退院後の患者さんが一度ひとつのかかりつけ医院に落ち着くと患者家族はようやく地域医療へ救われたってなってもうセンセセンセってひっきりなしだから。医者っていっても医者は医者なりにストレス溜まるわけで」

 

「それはそうかも知れないけど、でもなんでそれがオープンカーになんの?」

 

「あたしはバイクなんだけど先生はオープンカーってことでしょ。アルファの」

 

「お医者さんってベンツとかBMWとか―」

 

「それは車乗ってる人しかわかんないと思うよ。大病院の院長や部課長って揃いも揃ってベンツ、ポルシェ、BMWでしょ。好き嫌いはあるとしてもあのへん結構重いんだよね。ストレスどうこうっていうよりステータス?あんまり廉価な車乗ってると信用しない患者さん時々いるし」

 

チャに促されて初瀬は観察室へ入ったばかりの新患のカルテに目を通す。キロは手の空いたチャへ向けて詰所前の食堂はどうかと合図する。上村は早くも食堂に座って買ってきたメロンパンを頬張っている。チャは自分の水筒のアイスコーヒーをひと口すすり食堂へ出る。

 

「今日の院内ミーティングで槙島さんと左近さんのお話聴いてきましたよ。キャメさんの体験談で随分嘔吐してたんだけど左近さん思ったよりお元気そうで」

 

「体はね。日にちぐすりみたいなもんだから」

 

「日にちぐすりかあ。ぼくもそんな感じだったかな。で実はもうひとりのことなんです。チャさんの担当だったから言っといたほうがいいかどうか迷ったんだけど」

 

「あたしの担当だったって、どなたの―」

 

「槙島さん今二度目やり直してますけど同じ時期に入院して無事に退院した久世さん」

 

「ああ久世さん?」

 

「まだ退院したばっかりでかかりつけ医院が見つかったわけでもないのに今日の診察にもミーティングにも顔出してなかった」

 

「診察に来られてませんでした?」

 

「うん。診察来なかったら処方箋出ないし処方箋なかったらどこの薬局行ってもお薬買えませんよね。で、上村から聞いたんですけど西久保ミーティングにも前回から顔出してないって」

 

「―」

 

久世は退院後すぐ仕事に戻れると言っていた。仕事があるならそれにこしたことはない。けれども仕事ができる人にありがちなケースでよく指摘されるのは仕事ができればできるほど気持ちの高揚感と同時に飲酒欲求も高まるというまだ未解明な精神構造。

 

だから社会復帰といってもすぐ仕事に戻れればそれでいいというわけでは必ずしもない。理想的なのは一年半から二年ほどかけてじっくり自分のペースを見直しながら適切なライフスタイルを構築していくことでありアルコールの再飲酒や違法薬物の再摂取に繋がるような職場環境ならできる限り早めに修正するのが最善とされる。

 

「久世さん昼間の現場だけじゃなく夜遅くまでパソコン開けて仕事のシフトの組み換えやってるとか」

 

(夜中もパソコンで仕事?夜はちゃんと寝てないといけないしそもそも処方薬なしじゃ寝るのもまだ無理な時期。いらいらが出ると困る―)

 

「ベッド、空いてないみたいですね」

 

「ついさっき急患入ったばかり」

 

「上村さ、パンもう食った?しゃべれそう?」

 

「もう一個買っとけばよかった」

 

「そういう話じゃなくて、久世さん顔出してたの西久保の支部のほう?それともミーティングのほう?」

 

「最初はどっちでも見かけましたよ。前回から見ないなあって気づいた時には両方から姿消えてました」

 

「らしいです。じゃ、そんなとこで。ガラガラ抽選会行って来ます」

 

ひとつの病院で同じ患者ばかりぐるぐる回転し始めるのはよくない。だから入院規定は原則三度まで。それがだめなら自助グループがあるわけだがそこへも顔を出していないという。仕事を張り切ればお金が手に入る。お金が手に入れば何を考えるか。この病気の破壊力というのは―。

 

「何考えてんの?」

 

初瀬が詰所のテーブルから声をかける。

 

「なんでもない。そっち戻る」

 

―二度目の入院までおれには六年ほどの間があった。今度は退院して三週間も経っていない。うつろな目で徐々に暮れ始めた窓をぼんやり眺めながら久世は手元へ一升入りパック酒を引き寄せる。五日前は近くのコンビニで紙パックの日本酒を一合買い求めただけ。その時はそれで済んだ。けれども昨日は午後から仕事を休み一升入りのパック酒を一度に三個買い込んでそのうち二升を空けて寝たのだが今朝目を覚ますとまた飲み始め三個目はもうほとんど残っていない。

 

(また買いに出るの、面倒だな)

 

パソコンのキーボードの上に酒を入れたコップを倒してからいらいらが収まらなくなっている。飲んだアルコールが効いている間は全然ほかのことを考えたりどうでもいいテレビを見ていても時間潰しにはなる。だが夜にそこそこ睡眠時間を取ろうとすると病院で出された処方薬だけではとても間に合わず酒に頼るしかない。これが始まるともう飲酒量はうなぎ上りにのぼっていくばかりだ。

 

(明日の仕事も面倒。断りの電話、しかし、なんて言うか。電話も面倒。それよりまだ夕方だし今のうちに酒買っといたほうが。足元おぼつかなくなってきたらコンビニ付くまで転けるだろ。これなら仕事帰りの車でいっぺんに十箱ほど買っときゃよかった)

 

窓の外はだんだん薄暗くなってくる。残りの酒を飲み干した久世は床へごろりと横になる。腹の中でアルコールが揺れるのがわかる。

 

(はあ、腹に沁み渡るこの感覚、たまんないね―)

 

ところで、考えないといけないなあ。入院は三回までだし。三回目は残しておかないとおれの場合、たぶん四回目は許されないだろう。予約取ったのに診察行かなかったし。まだ処方薬なしじゃやって行けない時期なのにどうして来てないのか。同時にミーティングにも顔出してないし。カルテ見たらすぐわかるだろ。としたらどこか他の病院当たるしかないわけだ。どこにするか。貯金はあるけど入院するとして一回分。でも監獄みたいなところのは嫌だしそんなとこ一度入ったらなかなか出て来れない。他にまともな専門病院探すとなると遷都市外。暁市の新阿武隈病院あたり。しかしあそこも今は混んでるか。盆暮はまともなとこほど満員だし―。

Blog21・二代目タマ’s ライフ654

二〇二五年八月十五日(金)。

 

早朝(午前五時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

朝食(午前八時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

昼食(午後一時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

夕食(午後六時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

 

タマね、今日も飼い主の九〇年代ノートレポート見たよ。外国人指紋押捺制度ってチャが十代半ばの頃は義務だったの?

 

義務だった。十代半ば過ぎて大学在学中もまだあった。一九九三年に一度廃止されたんだけど二〇〇一年のアメリ同時多発テロね、いわゆる9.11発生を受けてテロ対策名目ってことで二〇〇七年に復活したんだ。「特別永住者のみ対象外」という条件付きで。そこでまたもや戦前の日本で蔓延してた外国人=テロ予備軍という偏見も復活した。特に在日韓国朝鮮人に対する根深い差別。

 

チャは随分悩んだみたい。

 

十代の多感な思春期にわざと指紋押せとぶつけてくる。こういうの一生消えないトラウマになって残りやすいんだけど政治目的だから意図的にトラウマぶつけて挫折させるわけ。十代のうちから脳にトラウマ級のダメージを与えてさ、やってもいない犯罪者意識を植え付ける。お前らは劣等民族だと。日本の男が性欲溜まってきた時の便所やってりゃいいんだと。畏れ多くも日本のますらおの便所やらせてもらってるだけでも感謝しろと。

 

なにそれ!?

 

就職先もかなり限られてて縁故を頼りにするしかない人がたくさんいた。縁故採用になると今度はお前らコネで就職できて優遇されていいよねとか散々嫌がらせを受け続ける。打ちひしがれて居場所失くして悪質な違法水商売の世界へ送り込まれて沈没させられる在日女性が大量発生するんだけど、心が折れちゃった在日女性の体を買いに行く人間って圧倒的多数が日本人男性。戦前戦中に日本軍が占領した東アジア諸国で戦後になると買春ツアーで押しかけるのも日本人男性が圧倒的多数。国連から何度も指摘されてた。

 

タマね、テレビ見てたら在特会って出てきたって聞いたんけど。

 

あれね、日本で最初に狙い撃ちされたのは飼い主が地元京都の公立高校へ進学してたら行くことになってた学校のすぐそばの朝鮮学校。まだまだ子供ばかりの学校へいきなり街宣カーで乗り付けてガンガン脅しかけて外へ出られない恐怖心を煽り立てる。けど在日特権なんて実はひとつもない。

 

ないの?

 

ない。単なるデマ。あるとしたら沖縄の米兵が沖縄の女性を集団レイプしてもちょっとばかり注意受けるだけでほとんどお咎めなしって今でもあるんだけど特権受けてるのは在沖縄米軍のほう。

 

はあ?そんなになってるの?チャはそれ見て今頃どんなふうに思ってるのか猫のタマでも想像つきそう。

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Blog21・退院後リハビリ創作(1998~1999.長岡京市在住時代)

落ちない肌(36)

 

盆休みの変則シフト。不況続きだとはいえこの季節になると世間は相変わらず浮き足立つ。しかし長引く不況に変わりはなく帰省ラッシュの様相はものの見事に変わってきたと詰所のテレビを眺めながらチャは思う。

 

高速道路や新幹線はどこも満杯で帰省したと思ったらすぐUターンしてこなくてはならない。慌ただしさばかりが目に入りまるでお祭り騒ぎ。そんなテレビ画面には決して映し出されない心模様がチャにはある。

 

帰省。浮き足立つ世間へ埋没しともすれば掻き消されそうになりながら自分の故郷とはなんだろうと思わない日はない。両親の祖国韓国。チャがまだ十代だった頃に迫られた指紋押捺。拒否すれば逮捕されるという事態が相次いでおり、どうしよう、どうしたらいいのか、自分自身はどうしたいのか、悩んでいた頃。二ヶ月以上も体の調子がいまひとつ思わしくなく生理も来なくなり病院で診てもらおうと思っていたところ、ある日突然これまで経験したことのない生理に伴う激痛に襲われ椅子に座っていることもままならず学校の保健室へ運び込まれたことがある。保健室のベッドで横になっていても激痛は収まらず二時間余りひたすら耐えた。

 

その翌日に総合病院の内科を受診したのだがはっきりした原因は不明だという。一時的な自律神経の乱れではとの見方だった。

 

そのことを両親に話すと父も母もいつになくおろおろしたり眉間に苦悶の皺を刻むばかりで鬱勃たる沈黙が部屋の隅から隅まで立ち込める。受験準備の忙しさの中ひとまず先に体の調子を整えないとと考えたチャは指紋を押した。それで気が晴れるならと思っていたらそうではなく今度は逮捕されても逮捕されても拒否者が続々増えていく様子を見聞きし自分はもしかしたら生涯許されることのない裏切り者なのか、幼馴染からも相手にされなくなり孤立無縁の身へ堕ちていくのでないかと後ろめたい罪悪感に苛まれる日々が続くようになった。

 

このままでは生きるがつらくなるばかりだ。でもどうすれば、と考えても行き詰まることが増えてくる。このままではどうしようもない。早く迷いを断ち切らないと。

 

そんなとき四月の学校で一斉に行われる進路指導に同伴した母が担任教師の前で突然話し始めた。

 

「私学はちょっと無理だと考えてるんですが国立大なら学費出せそうなんです。この子の成績は正直なところどうなんでしょうか」

 

「国立ですか。成績は申し分ありません。費用面のご心配でしたら奨学金も使えますが」

 

奨学金だと不安材料が残ると家族が、夫がいうんです。この先どうなるかわからないと。特に、その、うちの場合、就職先が見つかるかどうか」

 

母にこれ以上苦痛な話をさせるわけにはいかない。在日韓国朝鮮人学生の就職は今なお狭き門である。

 

「あたし、遷都大、頑張ってやってみます。できるかも。先生」

 

その後勉強へ没頭することができたおかげで一旦断ち切れた迷いだった。けれども就職して二十七歳になった今も選挙権はない。

 

帰省。「故郷へ帰ること」。辞書を引いてみたところでこれといった答えが書いてあるわけではない。辞書に書いてあるのは答えではなく無数の選択肢であり決めるのは自分自身にほかならない。

 

(あたしの故郷、あたしにとって故郷って、一体なんなのだろう。あるとしたら、それは一体どこ―)

 

詰所の電話が鳴る。初瀬からだ。

 

「チャ?あたし。今ね、北小路ターミナル。これからバスに乗るとこ」

 

「どうだった?」

 

「うん。すだちさん元気だよ。詳しいことは帰ってから話す」

 

「わかった。待ってる。気をつけて」

 

受話器を置く。と、すぐまた電話のコール。なんだろう。

 

「はい、アルコール病棟です」

 

「高木ですが」

 

「チャです」

 

「今、観察室何個空いてましたっけ」

 

「一床です」

 

「じゃあそこへ救急入ってもらいますんで。僕もすぐ行きます」

 

盆休みに限らず年中行事の期間中はとにかくこれが多い。点滴ボトルが幾らあってもたりない。急いで観察室の病床回りを整える。槙島と左近のふたりが六人部屋へ移って空いたベッドもすぐ埋まり残っているのは早くもひとつ。

 

観察室が満床の場合他の病院で待機ということになるのだが、同時にふたりの入院希望が重なった際、初回の入院希望者が優先される。二度目の希望者は待たされることが少なくない。初回で断られずに治療プログラムへスムーズに繋がった場合はその後の回復治療への心構えに違いが出てくる。これまで何箇所もの病院をたらい回しにされているケースや患者家族にしても患者本人をどの病院へ受診させれば適切な治療を施してもらえるのか、ここへ来るまでに相当疲れ果てているケースがあまりにも多いからだ。

 

盆休みが明ければ次は秋の行楽シーズン、さらに年末の忘年会から年越しへかけて観察室はいつでも満床か満床に近い。空けばすぐ新しい患者が入ってくる。回転寿司じゃあるまいしと思っている暇もない。

 

救急患者の処置を終えると高木がいう。

 

「ご家族の話聞けたんでカルテ読んどいて下さい。今は静かだけど幻覚出るかもしれない。出るとしたら多分今夜遅く」

 

「申し送りの時に言っときます」

 

「お願いします」

 

高木が詰所を出るのと入れ違いに今日の院内ミーティングに顔を出したキロと山村のコンビが六人部屋へ移った槙島と左近の見舞いにやって来た。

 

「チャさんこんにちは。忙しそうですね。お邪魔かな」

 

「いち段落したばかり。もうすぐ初瀬が戻ってくると思うけど」

 

「そうだった。すだちさんらの付き添いとか言ってたな。ぼくら夜のミーティングで北小路行くつもりだけど。行きしなにバスターミナルの食堂街でやってる五山のこもれ火ガラガラ抽選会寄って。上村が抽選券集めてたんでちょっと早めに」

 

「抽選券?」

 

「パスタとアイスレモンティーのセット頼むとガラガラ抽選券一枚。上村は七枚持ってるらしくてひとつくらい何かこれって当たるといいなと。他のミーティングでもターミナル経由するからその時にもせっせと食って集めたんだって」

 

上村は糖尿病も患っているのだが退院後の体調管理は本人次第なので看護師はあえて口を挟まない。

 

「それとね、ひさしぶりに幕之内クリニックの幕之内先生見かけましたよ。あっという間だったけど」

 

「あっという間?」

 

「車。例の真っ赤なオープンカー。アルファロメオのスパイダーとか言ったかな。市内広しといえどもあの車乗ってる人ってちょっといないし」

 

初瀬はバイクばかりだが幕之内はバイクだけでなく車も好きで真っ赤なオープンカーに乗っている。ひと際目立つわけで男性患者が外のミーティングに出かけていると時々ばったりすれ違う。すると患者らは「お~い」と言いながら手を振って見せる話は病院内でも有名なのだ。

Blog21・二代目タマ’s ライフ653

二〇二五年八月十四日(木)。

 

早朝(午前五時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

朝食(午前八時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

昼食(午後一時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

夕食(午後六時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

 

タマね、今日も飼い主の九〇年代ノートレポート見たよ。専門病院入院規程があるのはわかってきたんだけど自助グループへ依存してしまうことも当時から問題になってきてたんだ。けど身体的にも精神的にもシェルター機能を兼ね備えてる自助グループまで全廃してしまうわけにはいかないと。悩ましいなあ。

 

九〇年代はまだ性別関係なしに混合ミーティングがあってね。けど異性がいると話したいことや聴いてもらいたいことがあるのに話し出せない患者さんは結構いてた。ストレス溜まるよね。だから女性限定ミーティングが設けられてた。さらに行政にばかり頼れない現状というのがあるんだ。

 

行政にばかり頼れないって?

 

行政っていつどこでどんな無責任なこと言い出すかわからない。女性が性被害受けるとか家庭内暴力で行くとこなくなるのは本人の日頃の素行に問題があるから自己責任だっていう自己責任論がまかり通る。日頃の素行に問題があるってどういうことですか?って問いただすと実は根拠らしき根拠なんてあやふやで出てこない。別に粗探しする必要はなくてね、逆に昔から女性の性被害や家庭内暴力被害って一杯あったし今なおあるという事実なら無数にあるんだけど行政はその実態把握あんまりやる気なさそうだし支援者の側が問い詰めない限りそんな話一体どこにあんのって知らぬ顔で無視して言わない。性的マイノリティのことも貧困家庭やヤングケアラーの問題も。でも自助グループだけが頑張れば頑張るほど行政は幾らでも手抜きするでしょ。死者や自殺者が出るまでなかなか動こうとしない。動いても嫌々やってるとしか思えないほどのろのろだし。

 

そうなのなあ。でも最近テレビ見てるとそういうことはほとんど放送しないで首都圏あたりでは外国人がどうこうってよく映ってる。なんでかな?

 

前の選挙で一部のカルト政党がいきなりぶち上げたんで他の政党やマス-コミまでが注目した形になったなあ。参政党躍進の原動力は何かとか。でも外国人が問題だって発言した時点ですぐ思い出すのは名古屋入国管理局で起きた「ウィシュマさん死亡事件」。「事故」じゃなくてどう考えても「事件」。あれからまだ四年経ってない。でもなぜかマス-コミって最近その話しないよね。参政党は選挙演説で差別用語使わないとか放送してたみたいだけど外国人をやり玉に上げると日本政府がこれまで延々強引に引きずってきた入国管理局自体の問題がただちに出てくる。参政党は選挙が上手いと言い出すマス-コミがあるけど飼い主にすれば参政党はわざわざ地雷踏むのが上手いと思った。世界中を敵に回すんだって。支持者にしても自分が奈落の底へ突き落とされて行くとこなくなるまで気づかないんだなあと。

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落ちない肌(35)

 

北小路ミーティングへ病院から電話連絡があり今日の午後の女性ミーティングへ参加者三名をお願いしたいという。ひとりはすだち、もうひとりはすだちと相部屋の女性、当事者はそのふたりだけだが付き添いで看護師の初瀬が同行すると。

 

やっとすだちが戻ってきてくれる。そう安堵する一方、亜美は病院主催の学習会でまた新しい課題を提出されたばかり。どんな課題か。

 

専門病院への入院はよほどの特例でない限り原則三回とされている。そうでないと飲んでは入院し体の調子が回復するとまた飲んでは入院するという悪循環が死ぬまで続いていくからだ。この種の入退院の繰り返しはあっという間に癖になってしまい病院依存というさらなる依存症と重なってしまう。

 

だったら自助グループは違うのかといえばそんなことはない。まともな病院では相手にされなくなる患者はごろごろいる。それでもせめて自助グループへ行けば救われる形になってはいる。そのことがかえって患者にとってよくない事態を招いてしまうケースがたまに発生する。

 

専門病院への入院が受け入れられない場合、患者は何を考えるか。一度入れば二度と生きて出られないような終身監獄みたいな強制施設へ放り込まれることは嫌がる。わざと犯罪を犯して刑務所へ入る人間ならしばしば見かけるけれどもそれはそもそも体力に恵まれていて所内の厳しいスケジュールをこなしているほうが専門病院での対人関係再構築プログラムやミーティング参加より楽ちんだと思える人に限って見られる傾向で一般的とは言えない。そこで患者はどうするかというと酒浸り薬漬けになっても一度内科へかかり体の治療だけを済ませて自助グループへ入る。

 

自助グループでは基本的に来るものは拒まない。去るものを無理に追わない。すると患者は個人差はあるものの一、二年に一度くらいの頻度で酒浸り薬漬けになった後また内科治療を通して自助グループへやって来るパターンを延々繰り返すようになる。ということは自助グループのあり方そのものが本末転倒を起こし患者にとって都合のいい依存対象になってしまう。自助グループであればいつでも門戸を開いているということ自体がかえって患者との間で共依存関係を作る装置として機能する。自助グループさえあればいつでも救われるという環境が患者の頭にある限りこれまた死ぬまで同じことを繰り返すばかりだろう。

 

かといっていっそのこと自助グループを閉鎖してしまえばいいのか。それでは救われる患者も救われなくなってしまう。救われたい助け合おうと真面目に考えている患者がまだまだ大勢いるなかで自助グループ、あるいは性被害者や家庭内暴力被害者のためのシェルター的存在をまったくなくしてしまうことはできない。そしてそこでは患者の回復レベルに応じて身体的にも精神的にもでき得る限り安心安全な環境が保障されなくてはいけないだろうと思う。そうでなければ孤立無縁で劣悪な生活環境へ意図せず追い込まれた人たちの生の声を聴き届け仲間として受け入れ生活改善へ繋げていくことなどとてもできない。

 

そこで今検討されているのが必要に応じてということなのだがその具体的なプランというのがなかなか見えてこない。もっとも、わかりやすい例ならこれまで幾つか検討され実施されてきたし部分的にはここでも実現している。例えば女性限定ミーティングがそうだ。

 

異性の前では話しにくい事情をわざわざ話す必要はない。しかし誰にもなんにも言えないままたったひとりでストレスやトラウマを抱え持ったまま生きていくのはあまりにつら過ぎるし重すぎることが多く、そんなケースの受け皿としてジェンダーに寄り添う形で成立したのが女性限定というスタイルだ。それが思いのほか人気で入院中のすだちを含めキャメや患者家族の葵など毎回顔を出してくれる。夜しか時間の取れないコロや美佳のことは気がかりだが亜美は亜美にできることしかできない。しかしできることなら自分の限界を越えてしまわない範囲で取り組む。そのあたりの加減はこの四年間で身に付いてきたように思う。

 

さて、すだち一行。病院前でバスに乗り北小路ターミナルまでは十五分もかからない。途中でターミナル一階の飲食街に立ち寄ってもいいくらいだが入院中のミーティング参加では男性患者の場合でもそれはできない。直行直帰。

 

特に女性の場合喫茶店でもアクセサリー等小物の店でも立ち寄るとたちまち男が馴れ馴れしく声をかけてくる。お金がほしいなら体買うよ?と。体を買われるのは嫌だし馴れ馴れしさに苛立ちもするのだが苛立ちや腹立たしさという感情はどういうわけか飲酒欲求へ結びつきやすい。それがわかっているからこそ男はわざわざ手の込んだちょっかいを掛けてくるのであり、そんな軽々しい男の挑発に乗ってはいけない。

 

しかし同時に頭を掠める。お金が手に入ると酒を手に入れることができると。一度そこへ頭が動いてしまえばとりわけたったひとりかふたりでいる時は湧き出てくる飲酒欲求から気持ちを逸らして切り換えることは大変むずかしい。そんな場面になってしまうことを警戒して看護師の初瀬がさりげなく付き添う。

 

たとえ途中でどこかの店へ入らなくても女性が道を歩いているというだけで判で押したように付きまとう男は昼間からうじゃうじゃいる。初瀬はどうするか。まともに相手をしない。素知らぬふりで無頓着を装えばいい。

 

天気の話はどうか。

 

「すだちさん、テレビ見てたみたいだけど午後から雨降るって言ってた?」

 

ではいけない。

 

「それなら知ってるよ」

 

とこれまた軽薄な男の声が割り込んでくる。そうではなく、

 

「午後から雨だし急ごう」

 

とわき目をふらせないのが大事だ。実際の天気予報がどうであれ。あるいは、

 

「アーサー・ヘンリー・デイヴィッド・スクレパーの脱植民地宣言行さ、まだ読んでる途中なんだけどお」

 

と世界中どこを探してもありもしないホラ話を急遽でっち上げてその場をやりすごす。さらにしつこそうな相手の場合、

 

アラファトがブッシュ殺すとか逆にブッシュがアラファト殺すとか言ってるらしいんだけど写真に映ってるのはなぜかクリントンなんだよねえ」

 

とか。

 

しかし難しいのは思わず「失礼ですよ」と返す態度。どれほど正しい反論であっても相手によりけりで過剰に刺激してしまっては危険な場合が発生する。「なんだとこら。人数呼ぶぞ、おい」となれば走って逃げるほかない。

Blog21・二代目タマ’s ライフ652

二〇二五年八月十三日(水)。

 

早朝(午前五時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

朝食(午前八時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

昼食(午後一時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

夕食(午後六時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

 

タマね、今日も飼い主の九〇年代ノートレポート見たよ。優等生に多い治療のむずかしさってどこへ行ってもあるんだね。

 

依存症治療では過去の成功体験が治療の妨げになることが随分多い。特に人を動かす立場にいた患者はね。病気を患っていなくても思春期とか早い時期に生徒会長とか活活動でも部長経験があると成人後に職場の対人関係で何かと問題を起こすことが多いよね。コミュニケーションの取り方が始めから転倒してる。いくら仕事が人並み以上にできてもセクハラとかパワハラとか当たり前に起こす人。自分にはそうする権利があると思い込んでるケース。

 

アルコールや薬物病棟でもそう簡単に自分の思い通りに動いてくれない患者さんがいてて当然だと思うんだけど。癖が強い人だっているわけでしょ?

 

そんな時は脅迫行為で動かそうとする。主治医や看護師の前では優等生を演じ続けるんだけど患者の間では通用しない。それでは退院しても同じ失敗を繰り返すばかりで結構はやばやと再入院ってよくある。患者は病気治療に来てるわけで優等生探しに来てるわけじゃない。その前提が見えてない。自分は他の患者にとってなくてはならない優秀な人材だと勘違いして疑ってない。

 

でももし他の患者から暴言や差別的侮辱を受けたりしたら怒るんじゃないの?

 

怒るよ。けど怒ったら怒ったでもっと他に解決の方法ってたくさんある。アルコール患者の中には生まれた時から酷い差別を受けて育ってきた人々が幾らでもいる。被差別部落出身者、在日韓国朝鮮人身体障害者家庭内暴力被害者など、そういう人は少なくないから医療スタッフも心得てる。患者の中にも理解者は結構いる。でもなぜか元生徒会長、元PTA会長、元町内会長経験者とかになると、何がなんでも自分の言いなりにさせなくては気が収まらないって患者がときどき入院してきて他の患者を暴力支配しようという傾向が強い。まるっきり恐怖政治なんだけど本人はそれで良いことをやってるとしか考え及ばないから気にいらない患者がいたりするとちょっと考えられないようなねちっこい恫喝行為を繰り返すようになる。入院中の病棟で。

 

病院の外でもよくありそうな話だなあ。

 

本人は決して嘘をついてるわけじゅないんだ。ただ自分の不利になりそうなことは主治医にも看護師にもケースワーカーにもひと言も言わない。けど病棟内の患者仲間に対する人使いがどこかおかしい。患者は朝から晩まで同じ部屋で共同生活してるからすぐわかるよね。あの人ねちっこ過ぎる、患者同士なのに説教臭すぎる、気に入らない患者がいれば脅しつける、一緒に頑張ろうと声はかけてくるけど医者や看護師の見てないところではまるで小学生レベルの凶悪ないじめっ子みたいだと。

 

それで一一〇番した患者いたの?

 

いた。警察沙汰になった。でも病院スタッフの対応が早かったから誰一人逮捕されたりせずに済んだ。飼い主はたまたまね、脅迫行為やった患者が自宅待機中にその患者が退院後所属する予定になってる支部のミーティングに行ったんだ。そこでその話を聞かされてね、ああ、そこまでやったか、そりゃ自宅待機になるなあと思った。その患者が被差別部落出身者、在日韓国朝鮮人身体障害者家庭内暴力なんかの被害当事者かどうかはわからないんだけどもしかしたら入院中に暴言浴びせかけられて怒ったのかも知れないとは思ったんだ、最初は。ほんとのところは知らないよ。本人は言わないし言いたくなければ言う必要もないし。けど、たとえそうだとしてもね、飼い主にすれば学生時代から大阪、京都、兵庫を中心に社会的弱者支援に取り組んできてて右翼暴力集団とかカルト団体から散々脅迫受けてきてるわけ。だからそんな時の対応もひと通りは知ってるつもり。けどさ、左右いずれにしても自分の言うことを聞かないからって医療機関の中で治療中の患者に向かって「おれの言うことが聞けないなら夜中の寝てるうちにベッドに火をつけてやる」なんてひと言でも言っちゃいけない。他の患者やその家族にしたらもっと酷い、言葉で言い尽くせない過酷な差別受けてきた人って星の数ほどもいてるってのになんで自分だけはそんな偉そうに振る舞っていいと思い込んでいられるのか。それはもう情状酌量の余地なんてない。もっとも他に治療困難な疾患を同時多発してるってんなら話は違ってくると思うんだけど、その場合でも入院が必要なほど重篤な患者なら逆に怖がって他人を脅迫したりしない。おとなしいもんだ。陰湿なのはアルコール・薬物が抜けてシラフに戻ると過去の成功体験が通用しない場合に陰湿な暴力支配へ逆転して表面化する患者。今でも時折はいるかもしれないね。

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