Hakurokin’s 縁側生活

アルコール依存症/うつ病/リハビリブログ

Blog21・二代目タマ’s ライフ656

二〇二五年八月十七日(日)。

 

早朝(午前五時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

朝食(午前八時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

昼食(午後一時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

夕食(午後六時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

 

タマね、今日も飼い主の九〇年代ノートレポート見たよ。久世が救われそうな形になってる。

 

これといった怪我もなく、と言いたいところだけどだいたいああいう感じかな、飲んで倒れてという単純な話じゃなくて、飲む前に頭の中ではもっといろいろ考えて飲んでる。三度目となると最後のチャンスを与えられた形だね。各種依存症者を受け入れる治療プログラムを用意してる専門病院というのは入院費はそれなりにかかるけどお金儲けばかり考えてやってるわけじゃないし、ほかの患者によくない影響を与えるような入退院の繰り返しはできない。

 

文化祭が近くなると楽しみができてくる患者もいるんだ。

 

女性アルコール依存の比率自体が急増した時期でもあった。作業療法やレクレーションはとても大事で退院後の生活再構築のために少しでも自信を持てるような企画に参加するのは大変意義深いものだし。コロナ禍で大規模イベントの中止が相次いだけど今でも規模を縮小したり他の企画を設けたりいろいろ社会参加のやり直しを通して回復治療に繋がる作業やレクレーションは続いてるよ。

 

看護師それぞれにしても子どもの頃からの悩み苦しみがたくさんあるんだね。

 

そうだね。それがあるからあえて専門病院の看護師を志願する人がいる。躓きながらも一緒に頑張れるのは患者にしても医療スタッフにしても共通する経験があることが少なくないから。医師にしても子ども時代から随分いろんな人間関係に悩んできた人って結構いてる。そうじゃないと患者の生きづらさに共感しにくい職業でもある。手術すれば治るとか特効薬がある分野じゃないし。

 

でも久世はなんで予想外に同じ病院で三度目の治療に入れることになったのかな。

 

病院の外へ一歩出れば休みの日の医療スタッフと普段着姿ですれ違ったり、久世の場合はほんの一瞬だけど誰かの目に止まってたりしてるから。そんなことでたまたま久世が路上で悲惨な飲酒してるところを見かけた医師がいたってところが大きい。ほんの少しだけどその場面が出てきてるよ、今日の連載では。それにしても文化祭のようなイベントや日々の作業を通してそれまで失ってきたものを取り戻していくだけでなくそもそも生育歴からして与えてもらえなかったものを手に入れていく患者はね、特に女性患者の場合は、家庭内暴力や性被害の言うに言われぬ殺伐たる過去から脱却する足がかりとしては大きなきっかけ。今では性的マイノリティに特化したミーティングへ参加しつつ依存症回復プログラムをこなしていく取り組みがようやく出来上がってきたところ。

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Blog21・退院後リハビリ創作(1998~1999.長岡京市在住時代)

落ちない肌(38)

 

いずれにしろ、と久世は考える。足腰立たなくなる前にコンビニ行ってたんまり酒買い込んで飲める限り精一杯飲む。しばらくしたら酒すら喉を通らなくなってくる。その時点で救急車呼ぶ。救急が来たら暁市の新阿武隈病院頼んでもし満床だったらそこからどこかの待機病棟へ回してくれるだろ。

 

コンビニまでは徒歩で七分ばかり。歩くのも鬱陶しいと思いはするが動かないことには酒を手に入れることはできない。よろよろ体を起こして財布を手に外へ出る。もう日暮れだというのに遷都市特有のねばつくような蒸し暑さが容赦なく体の上からのしかかってくる。アスファルトからむっとするような熱気が立ちのぼり絡みつき思わず眉間が歪む。

 

コンビニへ入るとカゴを手に取り脇目もふらず酒類コーナーで一升入りのめぼしいパック酒を片っぱしからカゴへ放り込む。十二パックほどあればそこそこ持つだろう。一種類では五本しか置いていないのでメーカーの違うものを適当に取り出してレジを済ませる。

 

両手に下げた袋がずっしり重い。とりあえずガレージのフェンスに持たれて座り込み袋から一パックを取り出して蓋を開け三合ほど口にすると元気が出てきた。歩いて部屋まで戻れそうだ。バス通りに面した美容院の外装で花壇横に小型のベンチが置いてありそこでもう一度休憩。今度は一合ばかり口に含む。だんだん気持ちが落ち着いてきた。

 

目の前を通勤帰りの人々が足早に通り過ぎる。誰一人久世の姿など目に入っていないようだ。そのベンチはあくまで美容院の外装のひとつであり腰掛けて休憩するところではなくましてや酒をあおるための場所ではない。そんなことは誰もがわかっているのでありだからこそあたり一面酒臭い息を撒き散らしながら座った目で道行く通行人をぼんやり眺めている久世を相手にする人間はひとりもいない。

 

バス通りの向こう側は田んぼが幾つか残っている。そういえば―。田んぼの畦板の裏にカップ酒を並べて貼り付けておき梅雨で雨が続くとか台風が近づいてくると夜中にむっくり起き上がり田んぼが心配だから様子を見てくると家族に言って実は畦板を剥がし貼り付けておいたカップ酒をあおっているうちに急激な水位上昇が起こり濁流に飲み込まれて死亡するケースはしばしば耳にする。

 

再び立ち上がろうとした時、久世は道路照明の下を一台の真っ赤なオープンカーが通り過ぎた気がした。見覚えがある。どこでだったか。職場じゃなくて---。そう思いつつも早く部屋へ帰ってゆっくり酒を飲みながらテレビでも見るかとゆるゆる歩き始める。このところどのチャンネルでも実につまらない映画やテレビドラマばかりなのだが酒が入ると面白いとまでは行かなくても酒の肴くらいにはなる。

 

五日後。もはやひとりで歩くことができず酒も喉を通らなくなってきたと久世は思う。このままではトイレにも行けそうにない。と感じたところで電話を引き寄せる。救急車を呼んでドアの鍵を開けておく。救急隊員が声をかけたら暁市の新阿武隈病院希望と言えばそれでいい。満床ならどこか安全な待機病院へ回してくれるだろう。

 

それからさらに一週間後の木曜日。昼食を終えたばかりのチャ。盆休みの期間中どんどん新患が運び込まれて目の回る忙しさだったアルコール病棟でほんの一時、観察室のベッドが空いたのを見計ったかのように詰所の電話が鳴った。

 

「はい、アルコール病棟です」

 

「高木ですが」

 

「チャです」

 

「この一週間ほど医科大病院の内科でずっと点滴受けて待機してもらってた患者さんがひとりいるんです」

 

「はい」

 

「盆休みの間に入ってきた新患さんそろそろ六人部屋へ移動し始める時期だから、ベッドね、今日の午後くらいからひとつくらい空くと思うんだけど」

 

「午後ですか?午前中にひとり移ってもらったばかりなんで午後なら一床空いてます」

 

「じゃあそこへ入ってもらいます。入院三度目なんで新患さんが六人部屋へ移り始めるの待ってもらってました。チャさん覚えてるかもしれない、久世さん」

 

「承知しました」

 

それにしても早い―。三年続けているとだいたいわかってくるパターンのひとつだ。けど専門病院なら他にもあるはず。必ずしも市内でなくてはいけないという決まりはない。だが同じ病院のスタッフなら二度目三度目の患者の特徴は身体的に精神的にもよく把握できているという意味で患者にとってスムーズな対応が取りやすいという利点はある。

 

受話器を置くと初瀬がこちらを向いている。

 

「ちょうど二週間前にキロさんと上村さんが来てたの覚えてる、初瀬?」

 

「ん~、すだちさんらと一緒に北小路の女性ミーティング行って帰ってきた時?」

 

「久世さんの話してたでしょ?」

 

「後で聞いたけど、もしかして」

 

「そう」

 

「そうかあ、でも早いなあ。二週間って」

 

「一週間は医科大で待機。ずっと点滴受けてたんだって」

 

「でも上村さんが久世さんの姿消えたとか言ってたの、そのさらに一週間くらい前じゃなかったっけ」

 

「だから多分一週間飲みっぱなし」

 

「で高木先生でしょ?今の声。なんて?」

 

「朝に患者さんひとり六人部屋移ったから観察室ひとつだけ空いてるでしょ?午後すぐ入るって」

 

「盆休みって明けても一週間ほどはどこも満床でしょう。暁市の新阿武隈病院もたぶん満床。それでこっちなのかな。こっちも満床だから医科大で待機になったんだろうけど。久世さん本人の希望?」

 

「そこまでは聞いてない」

 

「あたし午後はまたすだちさんらと北小路の女性ミーティング行く予定」

 

「気をつけてね」

 

「ちょろちょろ寄ってくる軽薄男の対応なら慣れてんだけどさ、不思議なことに三人いてるとなかなか寄ってこない」

 

「初瀬いつもジーンズだからかな。背も高い」

 

「いやいやスカートだろうがデニムのパンツだろうが背が高い低いとかまるで関係ないよ、そういう男って。女性の体のことしか考えてないのはいけないってテレビの古いコメンテーターが言うじゃん。けど体のことも考えてないし。女性の体調の変化とか全然考えてないじゃん。それはそうとすだちさんだけじゃなくて亜美さんやキャメさん、それに葵さんもそろそろ秋冬の服見に行きたいなあって」

 

「あとひと月で文化祭だもんね。紅葉がきれいな頃。あたしも少しお洒落したいかも」

 

「チャが?」

 

「おかしい?」

 

「おかしくはないけど。チャさ、もしかして、そのままで結構モテてんの知らないんだ」

 

「はあ?そんなこと誰から聞いたの?院内?初瀬知ってるの?ただの噂でしょ?」

 

「病院の内外で。詳しく知らないんなら知らないでいいんじゃない?変に意識するとね、意識すればするほど今のいいイメージ変わっちゃう」

 

「内外の外って、どこ?あたしそんなに出歩かないよ?」

 

「いやあ、結構見てる人いるんだなあ、それが」

 

「初瀬、崖之水病院からこっち来て一年目なのになんでそんなこと知ってるの?」

 

「さあ何でだろうねえ。そろそろ時間だし行って来るわ北小路。秋冬の服はまあ一緒に見に行こう。小物なんだけど女性病棟は文化祭で手芸作品の販売あるじゃん。今年は力作出るみたいよ。じゃ久世さんのことよろしく」

Blog21・二代目タマ’s ライフ655

二〇二五年八月十六日(土)。

 

早朝(午前五時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

朝食(午前八時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

昼食(午後一時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

夕食(午後六時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

 

タマね、今日も飼い主の九〇年代ノートレポート見たよ。あんまり廉価な車乗ってると信用しない患者さんっていたの?

 

いたよ。今はもう少なくなってきたと思うけどね。当時は患者も患者家族も昭和頭の人っていた。そんな理由で病院決める人。看護師が電車やバスで通勤してるってだけであの看護師は給料もらえてないんじゃないか、仕事できないんじゃないかって偏見持ってる患者もいたくらい。患者家族が面会に来るとそんな話してたりする。昭和頭だと治る病気も治らない。

 

今日はいわゆる仕事が「できる人」の落とし穴って出てきてるけどお酒や薬物患者の場合はあんなふうな感じになるんだ。

 

「できる人」ってどの世界にもいるよね。高揚感とか達成感があるし。でも目標にしてる仕事ができた時の喜びじゃなくてそれに伴う高揚感や達成感のほうが目的へ転倒してしまってる人。仕事って一日で全部やり終えないといけないわけじゃないし、ひとりじゃできない大きなプロジェクトになると手分けしてチーム組んでやるでしょ。そうじゃなくて何がなんでも自分ひとりでやらないと気が済まない人って今でもいてる。そういう人の場合はもし予定通りに仕事がはかどらなかったら無駄にいらいらしたり周囲にやつ当たりしてセクハラやパワハラやったり自分ひとりで抱え込んで頭を壊しちゃったりしやすい。

 

退院後一年半から二年くらいはライフスタイルの見直しに当てるのが理想ってのは当時からわかってたんだ。

 

そうだよ。けど不況続きの上に市場原理主義が入ってきて治療どころじゃなくなってきた。当時は「できる人」がそうじゃない人に向かってあいつはだめなやつだとか偉そうに平気で言い放ってたんだけど、今ではそんな酷いことを口にしてた人が逆に心を病んで難治性の精神疾患を患って病院通いしてるような状態だからね。どの職業でも。どれほどお金持ってても。今のアメリカなんか世界随一のメンタルヘルス大国になって長いんだけど実際に半分壊れてるの見りゃよくわかる。あの真似してたら日本は確実に地上から消えて失くなる。

 

順調に退院したはずの久世さんがまたまた舞い戻ってきそう。

 

あれね、よくあるケースなんだ。酒に限らずクスリでもギャンブルでも。摂食障害もそうかな。一度目から二度目は何年かブランクあるけど二度目から三度目は早くて一週間とかで入院させてくれって。今でもその傾向は続いてて少子化で人口は減ったのに自殺率は下がってない。久世の場合は三度目のチャンスを使い果たしてしまうともう同じとこへは入れてもらえないから一度どこかよその病院で回復治療させてもらって三回目の入院機会を残しとこう、よそを探すとすればどこがいいかって考えるわけだけどそんなふうに考えること自体がもうギャンブルに等しい。でもこのパターンは今なお多いんだよ。

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落ちない肌(37)

 

女性のアルコール病棟へすだちらを送り届けた後初瀬が詰所へ戻ってきた。

 

「ただいま」

 

チャが迎え入れる。

 

「おかえりい。お疲れさまでした。暑かったでしょ」

 

「昼間はまだ暑いわ。お盆過ぎても」

 

「涼しげな人見かけたって、キロさんと上村さん」

 

ふたりに目をやりながら初瀬はなんのことだろうという表情を見せる。

 

「ここへ来る途中で幕之内先生がオープンカーで走ってるの見たんだけどあっという間だったらしいよ」

 

「ああ、あの真っ赤な。アルファロメオのスパイダー。なんだか気持ちわかんなくもない」

 

「気持ちって?」

 

「幕之内先生、まだ若いじゃん。年上っていってもあたしたちより五年ほどでしょ?それもあると思うんだけどただ単に若いだけじゃなくてひとあたりがいいし、特に若い患者さんから慕われてて七王堀川で開院してからも退院した若い患者さんの多くが幕之内先生とこ行ったじゃん。でも患者さんの症状は同じ病気の症状抱えてる人ばかりなわけで相談事とかかえって増える。退院後の患者さんが一度ひとつのかかりつけ医院に落ち着くと患者家族はようやく地域医療へ救われたってなってもうセンセセンセってひっきりなしだから。医者っていっても医者は医者なりにストレス溜まるわけで」

 

「それはそうかも知れないけど、でもなんでそれがオープンカーになんの?」

 

「あたしはバイクなんだけど先生はオープンカーってことでしょ。アルファの」

 

「お医者さんってベンツとかBMWとか―」

 

「それは車乗ってる人しかわかんないと思うよ。大病院の院長や部課長って揃いも揃ってベンツ、ポルシェ、BMWでしょ。好き嫌いはあるとしてもあのへん結構重いんだよね。ストレスどうこうっていうよりステータス?あんまり廉価な車乗ってると信用しない患者さん時々いるし」

 

チャに促されて初瀬は観察室へ入ったばかりの新患のカルテに目を通す。キロは手の空いたチャへ向けて詰所前の食堂はどうかと合図する。上村は早くも食堂に座って買ってきたメロンパンを頬張っている。チャは自分の水筒のアイスコーヒーをひと口すすり食堂へ出る。

 

「今日の院内ミーティングで槙島さんと左近さんのお話聴いてきましたよ。キャメさんの体験談で随分嘔吐してたんだけど左近さん思ったよりお元気そうで」

 

「体はね。日にちぐすりみたいなもんだから」

 

「日にちぐすりかあ。ぼくもそんな感じだったかな。で実はもうひとりのことなんです。チャさんの担当だったから言っといたほうがいいかどうか迷ったんだけど」

 

「あたしの担当だったって、どなたの―」

 

「槙島さん今二度目やり直してますけど同じ時期に入院して無事に退院した久世さん」

 

「ああ久世さん?」

 

「まだ退院したばっかりでかかりつけ医院が見つかったわけでもないのに今日の診察にもミーティングにも顔出してなかった」

 

「診察に来られてませんでした?」

 

「うん。診察来なかったら処方箋出ないし処方箋なかったらどこの薬局行ってもお薬買えませんよね。で、上村から聞いたんですけど西久保ミーティングにも前回から顔出してないって」

 

「―」

 

久世は退院後すぐ仕事に戻れると言っていた。仕事があるならそれにこしたことはない。けれども仕事ができる人にありがちなケースでよく指摘されるのは仕事ができればできるほど気持ちの高揚感と同時に飲酒欲求も高まるというまだ未解明な精神構造。

 

だから社会復帰といってもすぐ仕事に戻れればそれでいいというわけでは必ずしもない。理想的なのは一年半から二年ほどかけてじっくり自分のペースを見直しながら適切なライフスタイルを構築していくことでありアルコールの再飲酒や違法薬物の再摂取に繋がるような職場環境ならできる限り早めに修正するのが最善とされる。

 

「久世さん昼間の現場だけじゃなく夜遅くまでパソコン開けて仕事のシフトの組み換えやってるとか」

 

(夜中もパソコンで仕事?夜はちゃんと寝てないといけないしそもそも処方薬なしじゃ寝るのもまだ無理な時期。いらいらが出ると困る―)

 

「ベッド、空いてないみたいですね」

 

「ついさっき急患入ったばかり」

 

「上村さ、パンもう食った?しゃべれそう?」

 

「もう一個買っとけばよかった」

 

「そういう話じゃなくて、久世さん顔出してたの西久保の支部のほう?それともミーティングのほう?」

 

「最初はどっちでも見かけましたよ。前回から見ないなあって気づいた時には両方から姿消えてました」

 

「らしいです。じゃ、そんなとこで。ガラガラ抽選会行って来ます」

 

ひとつの病院で同じ患者ばかりぐるぐる回転し始めるのはよくない。だから入院規定は原則三度まで。それがだめなら自助グループがあるわけだがそこへも顔を出していないという。仕事を張り切ればお金が手に入る。お金が手に入れば何を考えるか。この病気の破壊力というのは―。

 

「何考えてんの?」

 

初瀬が詰所のテーブルから声をかける。

 

「なんでもない。そっち戻る」

 

―二度目の入院までおれには六年ほどの間があった。今度は退院して三週間も経っていない。うつろな目で徐々に暮れ始めた窓をぼんやり眺めながら久世は手元へ一升入りパック酒を引き寄せる。五日前は近くのコンビニで紙パックの日本酒を一合買い求めただけ。その時はそれで済んだ。けれども昨日は午後から仕事を休み一升入りのパック酒を一度に三個買い込んでそのうち二升を空けて寝たのだが今朝目を覚ますとまた飲み始め三個目はもうほとんど残っていない。

 

(また買いに出るの、面倒だな)

 

パソコンのキーボードの上に酒を入れたコップを倒してからいらいらが収まらなくなっている。飲んだアルコールが効いている間は全然ほかのことを考えたりどうでもいいテレビを見ていても時間潰しにはなる。だが夜にそこそこ睡眠時間を取ろうとすると病院で出された処方薬だけではとても間に合わず酒に頼るしかない。これが始まるともう飲酒量はうなぎ上りにのぼっていくばかりだ。

 

(明日の仕事も面倒。断りの電話、しかし、なんて言うか。電話も面倒。それよりまだ夕方だし今のうちに酒買っといたほうが。足元おぼつかなくなってきたらコンビニ付くまで転けるだろ。これなら仕事帰りの車でいっぺんに十箱ほど買っときゃよかった)

 

窓の外はだんだん薄暗くなってくる。残りの酒を飲み干した久世は床へごろりと横になる。腹の中でアルコールが揺れるのがわかる。

 

(はあ、腹に沁み渡るこの感覚、たまんないね―)

 

ところで、考えないといけないなあ。入院は三回までだし。三回目は残しておかないとおれの場合、たぶん四回目は許されないだろう。予約取ったのに診察行かなかったし。まだ処方薬なしじゃやって行けない時期なのにどうして来てないのか。同時にミーティングにも顔出してないし。カルテ見たらすぐわかるだろ。としたらどこか他の病院当たるしかないわけだ。どこにするか。貯金はあるけど入院するとして一回分。でも監獄みたいなところのは嫌だしそんなとこ一度入ったらなかなか出て来れない。他にまともな専門病院探すとなると遷都市外。暁市の新阿武隈病院あたり。しかしあそこも今は混んでるか。盆暮はまともなとこほど満員だし―。

Blog21・二代目タマ’s ライフ654

二〇二五年八月十五日(金)。

 

早朝(午前五時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

朝食(午前八時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

昼食(午後一時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

夕食(午後六時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

 

タマね、今日も飼い主の九〇年代ノートレポート見たよ。外国人指紋押捺制度ってチャが十代半ばの頃は義務だったの?

 

義務だった。十代半ば過ぎて大学在学中もまだあった。一九九三年に一度廃止されたんだけど二〇〇一年のアメリ同時多発テロね、いわゆる9.11発生を受けてテロ対策名目ってことで二〇〇七年に復活したんだ。「特別永住者のみ対象外」という条件付きで。そこでまたもや戦前の日本で蔓延してた外国人=テロ予備軍という偏見も復活した。特に在日韓国朝鮮人に対する根深い差別。

 

チャは随分悩んだみたい。

 

十代の多感な思春期にわざと指紋押せとぶつけてくる。こういうの一生消えないトラウマになって残りやすいんだけど政治目的だから意図的にトラウマぶつけて挫折させるわけ。十代のうちから脳にトラウマ級のダメージを与えてさ、やってもいない犯罪者意識を植え付ける。お前らは劣等民族だと。日本の男が性欲溜まってきた時の便所やってりゃいいんだと。畏れ多くも日本のますらおの便所やらせてもらってるだけでも感謝しろと。

 

なにそれ!?

 

就職先もかなり限られてて縁故を頼りにするしかない人がたくさんいた。縁故採用になると今度はお前らコネで就職できて優遇されていいよねとか散々嫌がらせを受け続ける。打ちひしがれて居場所失くして悪質な違法水商売の世界へ送り込まれて沈没させられる在日女性が大量発生するんだけど、心が折れちゃった在日女性の体を買いに行く人間って圧倒的多数が日本人男性。戦前戦中に日本軍が占領した東アジア諸国で戦後になると買春ツアーで押しかけるのも日本人男性が圧倒的多数。国連から何度も指摘されてた。

 

タマね、テレビ見てたら在特会って出てきたって聞いたんけど。

 

あれね、日本で最初に狙い撃ちされたのは飼い主が地元京都の公立高校へ進学してたら行くことになってた学校のすぐそばの朝鮮学校。まだまだ子供ばかりの学校へいきなり街宣カーで乗り付けてガンガン脅しかけて外へ出られない恐怖心を煽り立てる。けど在日特権なんて実はひとつもない。

 

ないの?

 

ない。単なるデマ。あるとしたら沖縄の米兵が沖縄の女性を集団レイプしてもちょっとばかり注意受けるだけでほとんどお咎めなしって今でもあるんだけど特権受けてるのは在沖縄米軍のほう。

 

はあ?そんなになってるの?チャはそれ見て今頃どんなふうに思ってるのか猫のタマでも想像つきそう。

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落ちない肌(36)

 

盆休みの変則シフト。不況続きだとはいえこの季節になると世間は相変わらず浮き足立つ。しかし長引く不況に変わりはなく帰省ラッシュの様相はものの見事に変わってきたと詰所のテレビを眺めながらチャは思う。

 

高速道路や新幹線はどこも満杯で帰省したと思ったらすぐUターンしてこなくてはならない。慌ただしさばかりが目に入りまるでお祭り騒ぎ。そんなテレビ画面には決して映し出されない心模様がチャにはある。

 

帰省。浮き足立つ世間へ埋没しともすれば掻き消されそうになりながら自分の故郷とはなんだろうと思わない日はない。両親の祖国韓国。チャがまだ十代だった頃に迫られた指紋押捺。拒否すれば逮捕されるという事態が相次いでおり、どうしよう、どうしたらいいのか、自分自身はどうしたいのか、悩んでいた頃。二ヶ月以上も体の調子がいまひとつ思わしくなく生理も来なくなり病院で診てもらおうと思っていたところ、ある日突然これまで経験したことのない生理に伴う激痛に襲われ椅子に座っていることもままならず学校の保健室へ運び込まれたことがある。保健室のベッドで横になっていても激痛は収まらず二時間余りひたすら耐えた。

 

その翌日に総合病院の内科を受診したのだがはっきりした原因は不明だという。一時的な自律神経の乱れではとの見方だった。

 

そのことを両親に話すと父も母もいつになくおろおろしたり眉間に苦悶の皺を刻むばかりで鬱勃たる沈黙が部屋の隅から隅まで立ち込める。受験準備の忙しさの中ひとまず先に体の調子を整えないとと考えたチャは指紋を押した。それで気が晴れるならと思っていたらそうではなく今度は逮捕されても逮捕されても拒否者が続々増えていく様子を見聞きし自分はもしかしたら生涯許されることのない裏切り者なのか、幼馴染からも相手にされなくなり孤立無縁の身へ堕ちていくのでないかと後ろめたい罪悪感に苛まれる日々が続くようになった。

 

このままでは生きるがつらくなるばかりだ。でもどうすれば、と考えても行き詰まることが増えてくる。このままではどうしようもない。早く迷いを断ち切らないと。

 

そんなとき四月の学校で一斉に行われる進路指導に同伴した母が担任教師の前で突然話し始めた。

 

「私学はちょっと無理だと考えてるんですが国立大なら学費出せそうなんです。この子の成績は正直なところどうなんでしょうか」

 

「国立ですか。成績は申し分ありません。費用面のご心配でしたら奨学金も使えますが」

 

奨学金だと不安材料が残ると家族が、夫がいうんです。この先どうなるかわからないと。特に、その、うちの場合、就職先が見つかるかどうか」

 

母にこれ以上苦痛な話をさせるわけにはいかない。在日韓国朝鮮人学生の就職は今なお狭き門である。

 

「あたし、遷都大、頑張ってやってみます。できるかも。先生」

 

その後勉強へ没頭することができたおかげで一旦断ち切れた迷いだった。けれども就職して二十七歳になった今も選挙権はない。

 

帰省。「故郷へ帰ること」。辞書を引いてみたところでこれといった答えが書いてあるわけではない。辞書に書いてあるのは答えではなく無数の選択肢であり決めるのは自分自身にほかならない。

 

(あたしの故郷、あたしにとって故郷って、一体なんなのだろう。あるとしたら、それは一体どこ―)

 

詰所の電話が鳴る。初瀬からだ。

 

「チャ?あたし。今ね、北小路ターミナル。これからバスに乗るとこ」

 

「どうだった?」

 

「うん。すだちさん元気だよ。詳しいことは帰ってから話す」

 

「わかった。待ってる。気をつけて」

 

受話器を置く。と、すぐまた電話のコール。なんだろう。

 

「はい、アルコール病棟です」

 

「高木ですが」

 

「チャです」

 

「今、観察室何個空いてましたっけ」

 

「一床です」

 

「じゃあそこへ救急入ってもらいますんで。僕もすぐ行きます」

 

盆休みに限らず年中行事の期間中はとにかくこれが多い。点滴ボトルが幾らあってもたりない。急いで観察室の病床回りを整える。槙島と左近のふたりが六人部屋へ移って空いたベッドもすぐ埋まり残っているのは早くもひとつ。

 

観察室が満床の場合他の病院で待機ということになるのだが、同時にふたりの入院希望が重なった際、初回の入院希望者が優先される。二度目の希望者は待たされることが少なくない。初回で断られずに治療プログラムへスムーズに繋がった場合はその後の回復治療への心構えに違いが出てくる。これまで何箇所もの病院をたらい回しにされているケースや患者家族にしても患者本人をどの病院へ受診させれば適切な治療を施してもらえるのか、ここへ来るまでに相当疲れ果てているケースがあまりにも多いからだ。

 

盆休みが明ければ次は秋の行楽シーズン、さらに年末の忘年会から年越しへかけて観察室はいつでも満床か満床に近い。空けばすぐ新しい患者が入ってくる。回転寿司じゃあるまいしと思っている暇もない。

 

救急患者の処置を終えると高木がいう。

 

「ご家族の話聞けたんでカルテ読んどいて下さい。今は静かだけど幻覚出るかもしれない。出るとしたら多分今夜遅く」

 

「申し送りの時に言っときます」

 

「お願いします」

 

高木が詰所を出るのと入れ違いに今日の院内ミーティングに顔を出したキロと山村のコンビが六人部屋へ移った槙島と左近の見舞いにやって来た。

 

「チャさんこんにちは。忙しそうですね。お邪魔かな」

 

「いち段落したばかり。もうすぐ初瀬が戻ってくると思うけど」

 

「そうだった。すだちさんらの付き添いとか言ってたな。ぼくら夜のミーティングで北小路行くつもりだけど。行きしなにバスターミナルの食堂街でやってる五山のこもれ火ガラガラ抽選会寄って。上村が抽選券集めてたんでちょっと早めに」

 

「抽選券?」

 

「パスタとアイスレモンティーのセット頼むとガラガラ抽選券一枚。上村は七枚持ってるらしくてひとつくらい何かこれって当たるといいなと。他のミーティングでもターミナル経由するからその時にもせっせと食って集めたんだって」

 

上村は糖尿病も患っているのだが退院後の体調管理は本人次第なので看護師はあえて口を挟まない。

 

「それとね、ひさしぶりに幕之内クリニックの幕之内先生見かけましたよ。あっという間だったけど」

 

「あっという間?」

 

「車。例の真っ赤なオープンカー。アルファロメオのスパイダーとか言ったかな。市内広しといえどもあの車乗ってる人ってちょっといないし」

 

初瀬はバイクばかりだが幕之内はバイクだけでなく車も好きで真っ赤なオープンカーに乗っている。ひと際目立つわけで男性患者が外のミーティングに出かけていると時々ばったりすれ違う。すると患者らは「お~い」と言いながら手を振って見せる話は病院内でも有名なのだ。

Blog21・二代目タマ’s ライフ653

二〇二五年八月十四日(木)。

 

早朝(午前五時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

朝食(午前八時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

昼食(午後一時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

夕食(午後六時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

 

タマね、今日も飼い主の九〇年代ノートレポート見たよ。専門病院入院規程があるのはわかってきたんだけど自助グループへ依存してしまうことも当時から問題になってきてたんだ。けど身体的にも精神的にもシェルター機能を兼ね備えてる自助グループまで全廃してしまうわけにはいかないと。悩ましいなあ。

 

九〇年代はまだ性別関係なしに混合ミーティングがあってね。けど異性がいると話したいことや聴いてもらいたいことがあるのに話し出せない患者さんは結構いてた。ストレス溜まるよね。だから女性限定ミーティングが設けられてた。さらに行政にばかり頼れない現状というのがあるんだ。

 

行政にばかり頼れないって?

 

行政っていつどこでどんな無責任なこと言い出すかわからない。女性が性被害受けるとか家庭内暴力で行くとこなくなるのは本人の日頃の素行に問題があるから自己責任だっていう自己責任論がまかり通る。日頃の素行に問題があるってどういうことですか?って問いただすと実は根拠らしき根拠なんてあやふやで出てこない。別に粗探しする必要はなくてね、逆に昔から女性の性被害や家庭内暴力被害って一杯あったし今なおあるという事実なら無数にあるんだけど行政はその実態把握あんまりやる気なさそうだし支援者の側が問い詰めない限りそんな話一体どこにあんのって知らぬ顔で無視して言わない。性的マイノリティのことも貧困家庭やヤングケアラーの問題も。でも自助グループだけが頑張れば頑張るほど行政は幾らでも手抜きするでしょ。死者や自殺者が出るまでなかなか動こうとしない。動いても嫌々やってるとしか思えないほどのろのろだし。

 

そうなのなあ。でも最近テレビ見てるとそういうことはほとんど放送しないで首都圏あたりでは外国人がどうこうってよく映ってる。なんでかな?

 

前の選挙で一部のカルト政党がいきなりぶち上げたんで他の政党やマス-コミまでが注目した形になったなあ。参政党躍進の原動力は何かとか。でも外国人が問題だって発言した時点ですぐ思い出すのは名古屋入国管理局で起きた「ウィシュマさん死亡事件」。「事故」じゃなくてどう考えても「事件」。あれからまだ四年経ってない。でもなぜかマス-コミって最近その話しないよね。参政党は選挙演説で差別用語使わないとか放送してたみたいだけど外国人をやり玉に上げると日本政府がこれまで延々強引に引きずってきた入国管理局自体の問題がただちに出てくる。参政党は選挙が上手いと言い出すマス-コミがあるけど飼い主にすれば参政党はわざわざ地雷踏むのが上手いと思った。世界中を敵に回すんだって。支持者にしても自分が奈落の底へ突き落とされて行くとこなくなるまで気づかないんだなあと。

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