2021-06-01から1ヶ月間の記事一覧
シャーマニズムが古代祭祀の核心を成していた時代。しかしそれは思想・信仰として残されるとともに実質的には徐々に衰退していく。続けてみていこう。まず、トランス状態の中で「魂」が「天に登る」という記述。仲介するのは「夢」である。 「昔余夢登天兮 …
シャーマニズムが信じられていた古代世界。世界中の事例を網羅したエリアーデの著作・「世界宗教史」は有名で邦訳もされているが、エリアーデの場合、古代中国に関して述べた箇所はほんの僅か。しかし日本神話(古事記・日本書紀)を読もうとすると、仏教定…
南方熊楠は豊臣秀吉が築いた「耳塚(みみづか)」に関し、柳田國男を批判してこう述べている。 「『郷土研究』三巻に、柳田國男氏、耳塚の由来を論じ、人間の耳は容易に截り取り、はるばると輸送もできまじければ、耳塚というものは多くは人の耳を埋めたでな…
古代中国の地理書を見ると、鳥類の中に一羽でオスとメスとの機能を兼ね備えて自家受精する種類がいたらしい。「山海経」にこうある。 「鳥がいる。その状は烏のごとく、五彩にして赤い文あり、名は<きよ>、これは自家生殖する」(「山海経・第三・北山経・…
遷延性鬱病並びにアルコール依存症治療とそのリハビリのため、これまで洋の東西を問わずほとんどの場合、主に古典文学を取り上げ論じてきた。もっと続けていきたい思いはあるのだが、一方、原文からの引用に関して広告収入などまるで得ていないにもかかわら…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 梁(りやう)の時代、道珍(だうちん)という僧がいた。念仏を専門に修行に励んだ。水想観といって極楽浄土をイメージしてひたすらその観想に専心する日々を送った。 在る時、道珍は夢…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 或る時、蘇規(そき)という人物がいた。国の官僚として遥かに遠い洲へ赴任することになった。蘇規(そき)には妻がおり、単身赴任に当たって妻にこう語った。 「わたしは国王の命に従…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 或る時、国王は大臣・公卿ら百官に至るまですべての臣下を従えて魚釣りの遊宴に出かけた。大きな江にたどり着くとたちまち数多くの休憩所の設置が始まった。それら休憩所にはどれも美麗…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 或る時、東宮(とうぐう)ノ右監門(うかんもん)兵曹参軍(ひやうさうさんぐん)を務める邵(せう)ノ師弁(しべん)という人物がいた。東宮(とうぐう)ノ右監門(うかんもん)は皇太…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 漢の時代、賈誼(かぎ)といって多くの典籍に通じ、並外れて理解も深い一人の学者がいた。息子の名は薪(しん)。ところが薪(しん)が幼少期のうちに父の賈誼(かぎ)は死去した。薪は…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 或る時、「民部ノ尚書(じやうじよ)」=「民部省長官」を務める載(さい)ノ索胄(さくちう)という人物がいた。武昌公(ぶしやうこう)という号を贈られていた。また、「舒洲(じよし…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 宗の時代、韓(かん)ノ伯瑜(はくゆ)という男性がいた。幼児の頃に父を亡くし、その後はずっと母に育てられた。母は再婚していない。だから母が亡き父の役割も兼ねる母子家庭。 伯瑜…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 或る時、「百丈ノ石卒堵婆(いはのそとば)」を造る工(たくみ)がいた。百丈は約三百メートル。名工・名匠といって差し支えない。敦煌の莫高窟など多くの磨崖仏が発見されるに及び、こ…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 周の時代、一人の玉造(たまつくり)職人がいた。名を卞和(べんくわ)といった。 或る時、国王は別の玉造職人を呼び、卞和が造って奉納した玉を鑑定するよう命じた。するとその玉造職…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 或る時、河東(かとう)に一人の尼がいた。極めて熱心に修行に励み、常に浄く正しくあらんことを心がけ、数年来法華経の読誦に専念していた。河東(かとう)は今の中国山西省永済県(永…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 春秋戦国時代、楚(そ)に厚谷(くうこく)という男性がいた。「楚(そ)」は「長江(ちょうこう・揚子江)」の中流域に当たる今の中国湖南省・湖北省周辺。 厚谷には父と祖父とがいた…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 或る時、「豫洲(よしう)」に一人の老女がいた。「豫(よ)」は旧字体で今は多く「予洲(よしう)」と表記する。予洲(よしう)は今の中国河南省・安徽省周辺。また説話では「預洲」と…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 漢の時代、河内(かだい)に丁蘭(ていらん)という男性がいた。河内(かだい)は今の中国河南省の黄河以北を指す。 丁蘭は幼少期に母を亡くしていた。十五歳になったのを機に職人に頼…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 或る時、互いに互角の戦いを何度も繰り返している二つの国家があった。国力・軍事力ともに両者は同程度であり優劣をつけることのできないまま何年もが過ぎた。そのうち一方の国王が死去…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 唐の時代、「尚書刑部(じやうじよぎやうぶ)ノ侍郎(じらう)」に「宗(そう)ノ行質(ぎやうしつ)」という人物がいた。「傅陵(ふりよう)」出身。傅陵(ふりよう)は今の中国河北省…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 唐の徳宗(とくそう)皇帝(くわうてい)の時代、貞元十九年(八〇三年)の頃、一人の僧がいた。名前もわからず住所も不明。諸国を巡る修行に励む遊行僧だったのだろう。或る時、大山府…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 七世紀前半、韋(ゐ)ノ仲珪(ちうけい)といって父母だけでなく家族みんなに深い愛情を注ぐ少年がいた。郡里一円でも有名なほど。それだけ周囲は血縁者同士の間の揉め事や殺害事件、戦…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 後漢の時代、高鳳(かうほう)という男性がいた。字は文通(ぶんつう)、南陽(なんよう)葉出身。南陽は今の中国河南省中部から湖北省北部一帯。幼少期から学問を志しその道で身を立て…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 隋の時代、開皇(五八一年〜六〇〇年)の初頭、冀洲(きしう)のはずれに父子が暮らしていた。冀洲(きしう)は今の中国河北省冀県。子は十三歳の童子。隣家で飼われている鶏が卵を生む…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 唐の時代、大史令(だいしりやう)を務める傅奕(ふやく)という人物がいた。大原(だいぐゑん)出身。大原は今の中国山西省太原市。隋の末頃、幼少期から既に学問で頭角を顕し、なかで…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 唐の玄宗(ぐゑんそう)の時代、開元(七一三年〜七四一年)の末頃、一人の相師(うらのし)=占い師がいた。人の寿命をぴたりと的中させることで有名だった。この相師(うらのし)が資…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 漢(かん)の先帝の時代、霍(くわく)去病という大将軍(たいしやうぐん)がいた。匈奴討伐に当たった勇猛果敢な武将として有名。国王の娘を妻(め)とした。なお、脚注によれば「先帝…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 或る時、高山の麓に八十歳くらいの嫗(おうな)が暮らしていた。山頂に一基の卒堵婆があった。嫗は毎日欠かさず麓の家から山を登り山頂の卒堵婆を拝んでいた。雨の日も風の日も雷鳴も恐…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 或る時、幷洲(へいしう)に僧感(そうかん)という名の僧侶がいた。幷洲(へいしう)は今の中国山西省。僧感は思い立って観無量寿経(くわんむりやうじゆきやう)と阿弥陀経(あみだき…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き 隋の大業(だいげふ)の頃(六〇五年〜六一六年)、仏道に励む一人の遊行僧がいた。大山府君(たいざんぶくん)の廟堂(めうどう)へ登り着き、そこで一夜の宿りを得ようとしていると廟堂…