Hakurokin’s 縁側生活

アルコール依存症/うつ病/リハビリブログ

2020-11-01から1ヶ月間の記事一覧

熊楠による熊野案内/「鬢女郎」(びんじよろう)と日本狼

熊楠は田辺市に居を構えていた。「鬢女郎」(びんじよろう)=「鬢上﨟」(びんじょうろう)について当たり前のように知っていた。ところが神社合祀によって古くからの祭祀とともに存在したその「社」特有の「吉祥草とタチクラマゴケ」は絶滅した。 「下芳養…

熊楠による熊野案内/近代化と熊楠の憂鬱

右京の切腹は「この曙(あけぼの)」=夜明けに執行するとの命令が下った時、采女は母が暮らす神奈川で休養していた。志賀左馬之介はただちに事の次第を書き付けた手紙を采女のもとへ送り届けさせる。 「左馬之助方(さまのすけかた)より文いそぎて始終を書…

熊楠による熊野案内/リズムと抑揚、生死の境界線

長者伝説、花咲爺系列、それらは様々なヴァリエーションを持つが、一様に共通する特徴について柳田國男はこう述べる。 「奥州の花咲爺は、花咲かせとの対照のために、我々は雁取爺という方の名を採用しているが、実地には上の爺下の爺、もしくは是と似よりの…

熊楠による熊野案内/奇譚出現条件と愛の厚み

有史以前からあった動物と人類との気の遠くなるような関係はけっして侮れない。熊楠はいう。 「回教徒が猫を好遇すること、すこぶる梵教、仏教、拝火教諸徒に反せるは、所見多し。例せば、A.G.Busbequius,“Travels into Turkey”,London,1744,p.140にいわく、…

熊楠による熊野案内/「水の女」と黄泉の国

熊楠はシンデレラ系物語が世界中に存在することを知っていた。 「シンダレラ物語は、何人も知らぬ者なき通り、欧米で最も盛んに行なわるる仙姑伝(フェアリーテイル)なり。シンダレラ、継母に悪まれ、常に灰中に坐し、厮役(しえき)厨務に苦しめられ、生活…

熊楠による熊野案内/巡礼回帰

粘菌に関する話題の途中で神社合祀反対の一件を思い出したのか、「史蹟」と「古蹟」との相違について突然横滑りする熊楠。 「古蹟というに、史蹟(すなわち平清盛の塚とか、平井権八の碑とか)と、有史前の古蹟とあり(誰の家か分からぬが、古ゴール人の塚に…

熊楠による熊野案内/八〇〇年の孤独

類似しているからといって同一と考えてよい場合とそうでない場合の区別は厳密でなくてはならない。それが熊楠の研究方針だった。 「熊楠按ずるに、霊魂不断人身内に棲むとは、何人にも知れ切ったことのようなれど、また例外なきにあらず。極地のエスキモーは…

熊楠による熊野案内/男色恋塚「祭場=斎場」論

熊楠は「大峰山上」、「出羽三山」、「熊野三山」、を例に上げ、「寵愛の稚児」であろうと「艶容の若衆」であろうと「創負いたる老夫」であろうと、葬らなければ同行の者らもまた死んでしまうほかなかったような時代について語る。戊辰戦争でもまだそのよう…

熊楠による熊野案内/比丘尼たちの輪廻転生

自分で自分自身についてしっかりした理解がないような場合、人間の魂はふらふら出ていく。学校、職場、通勤、通学、買い物、道端、いずれのシーンにおいても人々はついうっかり他人の姿形に心を奪われてしまいがちだ。相手がどれほど馬鹿な人間だとわかって…

熊楠による熊野案内/消えた狼のエコロジー

口承文芸の中には動物による報恩譚がしばしば出てくる。が、通りがかりの人間から危機を救われたとか餓死しそうになっているところを見つけてもらい食物を恵まれたとか、人間の側はさっぱり覚えがないにもかかわらず、人間を支援する場合が見られる。このよ…

熊楠による熊野案内/死化粧3

江戸時代。主人殺しは死刑。だから小吟は捕まりしだい処刑されるわけだが、なおかつ当時は連累制だったので小吟の両親がまず牢屋へ入れられた。 「小吟(こぎん)が出(いづ)るまでは、その親ども蘢舎(ろうしや)」(日本古典文学全集「本朝二十不孝・巻二…

熊楠による熊野案内/死化粧2

家に置いていては持て余すばかりの小吟。父母が途方に暮れていると小吟みずから手っ取り早く結婚相手を見つけてきた。「契約の酒事(さかごと)」を済ませる。婚約決定。周囲がほっとしたのも束の間、相手の耳にほとんど見えないほどの「出来物(できもの)…

熊楠による熊野案内/死化粧1

熊野参詣の帰り。或る僧侶が「山々の難所(なんじよ)を越え、漸々(やうやう)、麓(ふもと)に」下りてきた。といってもまだまだ辺鄙な山里である。「雪こんこんや、丸雪(あられ)こんこん」と、里の子どもらの声が聞こえる。僧侶はそちらへ歩いていき「…

熊楠による熊野案内/聖(ひじり)の条件・身代り交換可能性

源氏物語にある通り、光源氏は「わらわ病」を患ったことがある。俗にいう「瘧(おこり)」。マラリアの一種に分類される。そこで京の「北山」に「かしこきおこなひ人侍る」と聞いて訪ねてみることにする。 「北山になむなにがし寺といふ所にかしこきおこなひ…

熊楠による熊野案内/美女と長寿の年末地獄絵図

八百比丘尼の「八百」はどこから来たか。八百歳まで生きるという神話から来た。さらにこの神話はどこから来たか。出身が熊野だからである。熊野に関する神話発生条件は早くも記紀神話の中に見られる。またそれに関しては文献(主に「古事記」、「日本書紀」…

熊楠による熊野案内/冥途(めいど)の淋しい旅物語

これは「泣ける!」という言葉の濫用が文学、漫画、映画などのエンターテイメント業界で成功するためのキャッチコピーとして君臨するようになったのはいつ頃からだろう。戦後では一九九〇年代後半から。八〇年代バブル崩壊のあと、少なくとも一年半から二年…

熊楠による熊野案内/比丘尼〔美久人(びくに)・美国(びくに)・白比丘尼(しらびくに)〕、そして対抗勢力なき資本主義弱体化阻止のためにジュゴンから愛を込めて

柳田國男は熊楠の人魚論について熊野八百比丘尼(はっぴゃくびくに)の章の中で取り上げた。 「人魚の動物学的研究は自分の任務ではないが、ここにはただ南方熊楠(みなかたくまぐす)氏の説を附記しておく。人魚は琉球ではサンノイオともいう。魚とは称すれ…

熊楠による熊野案内/黙市〔Silent Trade〕、熊野人の東国出張

今年の問いは今年のうちに済ませてしまいたいと思う。けれどもこの問いはそれほど単純でない。来年はもちろん、少なくとも再来年へかけて考えさせられることになるだろうことは必定だと言っておきたい。 「山男のことにつき御注意を惹き置くは鬼市のことに候…

熊楠による熊野案内/若狭人魚伝説と熊野比丘尼たちの通過

人魚伝説は世界中どこの海浜に行っても見かけることができる。 「『和漢三才図会』等に、若狭小浜の空印寺に八百比丘尼の木像あり。この尼(あま)、むかし当寺に住み、八百歳なりしも、美貌十五、六歳ばかりなりし。これ人魚を食いしに因(よ)る、と。嘘八…

熊楠による熊野案内/遊女化する比丘尼と異性愛者から同性愛者へ

機会があれば触れると述べておいた箇所について。 「私は友人の孫逸仙ーーー『ロンドン幽囚記』の著者ーーーから、広東で豊富に産するが、今では単に少年少女の娯楽の対象になっていると聞いた。日本でも少しも珍しいものではなく、酢貝(すがい)と呼ばれて…

熊楠による熊野案内/吹雪とポケット

和歌山県にいる妹の訃報を受け取った数日後のこと。留学先のアメリカで採集中、猛吹雪に見舞われた熊楠。積雪で迷子になった子猫を見つけたことがあった。 「小生二十二、三のとき、米国ミシガン州アナバという小市の郊外三、四マイルの深林に採集中、大吹雪…

熊楠による熊野案内/紀伊のヴィーナス

日本ではおそらく知らぬ者のない「竹取物語」。しかしなぜ「子安貝」なのか。 「西洋のことはラテン文で俗に分からぬようかき得るも、日本でこの介(かい)、女陰に似たこと誰も知る通りだが、古く明文なし。ようやく忠臣蔵の何とかいう戯曲に、大尽(浅野の…

熊楠による熊野案内/神々の生態系

学術調査の手間暇を惜しんでいてはとんでもない間違いを間違いと気づかず世界中に錯覚を起こさせたまま放置してしまうことになる。一大事ではないかと熊楠はいう。 「此通り俺(わし)の画いたのは三色もある。此『図譜』のやうに一色では無いのぢや。生えて…

熊楠による熊野案内/特効薬の終わりと救世主なき病的訴訟

特効薬のない時代。熊楠は年代の異なる二つの事例を上げている。 「今日とても神戸などには、外国船が着くと売淫に舟へゆく少年、青年多しとのこと、前年(大正七、八年)の『大毎』で見及び候。黴毒を伝うること女より少なしとて、これをのみ好むもの多し、…

熊楠による熊野案内/比丘尼たちと地獄絵の行方

熊楠が述べる次の文章はもっともだと感じる。 「男色事歴の外相や些末な連関事項は、書籍を調べたら分かるべきも、内容は書籍では分からず候。それよりも高野山など今も多少の古老がのこりおるうちに、訪問して親接を重ね聞き取りおくが第一に候。十年ばかり…

熊楠による熊野案内/梁塵秘抄の猿演舞

熊楠の諸論文に目を通してかつて柳田國男は述べた。論文を書くに当たってもう少し欧米で採用されているような形式的なものに改めてくれれば世界中で発表されるのに惜しい、と。しかしそうしないことであえて欧米にまみれていく日本の知識人にありがちな思考…

熊楠による熊野案内/新宮速玉「蛇性の婬」

熊楠の文章から一度引用した箇所。上田秋成「雨月物語」の「青頭巾の条」に関する。 「智識が果円を済度の条は、上田秋成が『雨月物語』の内、青頭巾の条を仮用せしものなるべし、とあり候」(南方熊楠「口碑の猥雑さ、化け物譚、腹上死、柳田批判、その他」…

熊楠による熊野案内/比丘尼たちの午後

次の箇所を理解するためには一六八六年(貞享三年)出版の西鶴「好色一代女」から引いておく必要がある。熊楠は「そのころの風と見え候」という。風俗として流行したということ。「大若衆」(だいわかしゅう)について。二十四、五歳になってなお前髪を切ら…

熊楠による熊野案内/土佐日記外伝・武文蟹

ただ単に見た目が似ているというだけでなく、余りにも似過ぎていると、思わぬ歴史が発生する。そういう事情は外国に限らず日本にも多数ある。 「貫之の『土佐日記』にもローマの古書にも、海鼠(なまこ)様の動物を陽物と見立て、和漢洋インドともに貝子(た…

熊楠による熊野案内/幽霊との悶答、その正体

岩田准一との往復書簡の中で熊楠は日本の古典の中で「幽霊と僧の問答」がしばしば出てくる点について、或るヒントを与えている。 「幽霊と僧の問答の例」(南方熊楠「口碑の猥雑さ、化け物譚、腹上死、柳田批判、その他」『浄のセクソロジー・P.539』河出…