2022-03-01から1ヶ月間の記事一覧
グランドホテルのメインダイニングルームには巨大なガラスの「仕切り」があると述べた。それは昼間は外の大きな景色を眺め渡すのに便利な「仕切り」なのだが、夜になると逆に外からじろじろ眺められるのにとても便利な「仕切り」へ変貌する。バルベックの町…
バルベック=プラージュ目指して移動中の駅名に「ヴォル」とか「ヴィル」とか付いている駅名がいくつもある。それらは<私>にとって「『ハトは飛ぶ(ヴォル)』ゲームにおける『飛ぶ(ヴォル)』のように『ヴィル』という語が飛び去るように感じられ」る。言…
汽車でバルベックへ移動中のこと。<私>は思う。常々「連続する日々のなかに多くの錯誤が介在する」。というのは、しばしば「昨日や一昨日よりも古い日々、まだジルベルトを愛していた日々に生きていることがあった」からだ。しかし現在の中に突如として過…
プルーストはこう書いている。「当時のゲルマントの名は、酸素なりべつの気体なりを封じこめた小さな風船のようなものだ」と。 「そもそも当時のゲルマントの名は、酸素なりべつの気体なりを封じこめた小さな風船のようなものだ」(プルースト「失われた時を…
バルベックへの場所移動はプルーストにとって何をもたらすのか。或る地点から別の地点への移動は<差異>の出現なしにあり得ない。<私>は旅行の醍醐味について思う。「出発と到着との差異をできるかぎり感じずに済むようにするのでもなく、その差異をでき…
プルーストは言語について語る。そしてしばしばその文章は「象形文字」について語っているかのように語る。次のように。 「大概の民族は、文字をまずは一連の表象とみなした後にようやく表音文字を使うようになったが、わが人生で私はこれとは逆の道を歩んで…
プルーストは芸術家について、人生のほとんどすべての場面で目撃する様々な悲嘆や苦痛を頻繁に感じ取ってしまうだけでなくそれら悲嘆や苦痛をいつも注意深く観察せずにはいられないという点で、周囲から見れば「意地の悪い人間」に映って見えているわけだが…
プルーストは一見しても百見してもなお「言葉では伝えられないもの」を音楽や絵画、とりわけ文学を通して伝えるだけでなく、そもそも無意識的な次元に陥ってしまった記憶を丹念に復元しようととことん努力しようとしているかのように見える。だが作品全編を…
スワンがヴェルデュラン家でヴァントゥイユのソナタを聴いていた時、ふいに、稲妻に刺し貫かれたかのような天啓に撃たれる。スワンにすれば一度ならず聴いたことのあるソナタなのだが、なぜかその時に限って強烈なインパクトを感じる。それを述べるプルース…
人間は本来的に怠惰な動物だと言いたいわけではない。そうではなく、人間はいつどのように思考し始めるのか、ということが問題なのだ。例えばドゥルーズが「差異と反復」の中でいっているように何か予想もしていなかった衝撃を受けて、衝撃と出会うことによ…
噂に聞いてはいたものの初めて会う著名人についての印象。フランスの歴史の中で燦然たる栄光を放つ「ゲルマント」という名。それはどこまで書いても書き尽くせないほど長々しくおびただしいイメージの増殖を発生させる。<私>にとってゲルマント夫妻は最初…
プルーストはこれまで行ってきた記憶の復元方法について<習慣・秩序・規則性>というものを排除しなければいつまで経っても<真実なもの>を取り戻すすべての作業が不可能に陥ることに気づいた。とりわけそれは、以前からずっと自明だとばかり思い込んでい…
プルーストが試みる過去の再構成。そのために必要なのは「習慣のせいで失われてしまったその表徴のもつ意味をとり戻してやることだ」。またそれは最低限必要な作業だが最大限不可能に近い作業でもある。だがしかし、もし「現実を捉えることができたら、その…
或る事件の解明でも謎の人物の研究でもどちらでも構わないが、一度観察者の立場を取る場合、観察すればするほど逆に迷宮の奥深く引きずりこまれていくという事態が起こってくる。誰しもしばしば経験した記憶があるに違いない。すると観察する側は自分の無力…
一九〇〇年代初頭のフランス社交界。プルーストは「ヴェルデュラン家」と「ゲルマント家」とを社交界を代表する二つの花型としてと同時にその内部に立って描く。例えばヴェルデュラン家の社交の場へ招かれた新人社交家「コタール医師」。コタールは医師とし…
プルーストは回想という形式を装いながら、その実、自分で自分自身の欲望を果てしなく延長させていく。「失われた時を求めて」は、だから、無理やり持ってきたラストらしき箇所が残されてはいるけれども、にもかかわらず本来的に結末のない作品だと十分に言…
火夫とカールとは確かにこの部屋へやっては来た。だが目的は<ずれ>がさらなる<ずれ>を生じさせる循環に陥り、もはや線香花火ほどのエネルギーさえない。しかしカフカ作品ではいつもそれを見ている<見物衆>が用意されている。この場面ではいったん通り…
上院議員の叔父は部屋にいる役人たちに向けてカールを紹介し始めた。ドイツにいるはずの甥がなぜニューヨーク行きの船に乗っているのか。もっとも、読者に限り、アメリカへ厄介払いされた理由について冒頭部分ですでに知らされてはいる。とはいえ船員の誰一…
給仕を通じて「早いとこ出ていきな!」との返事が部屋に響き渡るやもう事態は終わったかのよう他の事務員たちはそそくさと自分の業務に戻った。これでは無視されたも同然だと思いカールが大きな声で食い下がった。するととっさの瞬間、船長らしき男性が声を…
火夫はカールにこういう。 「『世の中のものごとってのは気に入るとか気に入らないとか、ただそれだけで決まるわけではないんだぜ』」(カフカ「火夫」『カフカ短編集・P.124』岩波文庫 一九八七年) 聞いてみると火夫が置かれている労働環境について不満…
カールはヨーロッパからアメリカへ<非定住民>としてやって来る。そのきっかけを作ったのは<女中>との関係である。カールは自分で自分自身を<非定住民>へ変換するために<女中>との性的関係を欲望し、この変換装置を用いて<非定住民>になる。カール…
Kはもう二年間母に会っていない。郷里の小都市に帰るのが億劫だというわけではなかったし母の目もほとんどみえなくなってきていたのは以前からのことだ。ただKの従兄(いとこ)から手紙が届く。それは「二ヶ月に一度規則的にとどく報告」に過ぎない。いつも…
訴訟についていろいろと話を聞く機会が増えてきたK。画家ティトレリに尋ねてみるとKが最初に呼び出された場所のことをティトレリはよく知っているようだった。「こんな役所は実はぜんぜん意味がない」という。 「こんな役所は実はぜんぜん意味がないのです、…
<諸断片>発表以前の作品形式だけを見ればKは頭取代理と出世競争しているということになっている。一見するとなるほどそうには違いない。ところが<断章>の一つとして出てきた<頭取代理との戦い>で描かれているのは銀行内部の出世競争とはまるで関係のな…
銀行から帰宅しようとした時、裁判所からKに電話がかかってくる。裁判所はKのすべてを見ている。電話の声は審理の進行に対して拒否することはできないと述べる。 「『あなたがした前代未聞(ぜんだいみもん)の陳述ーーー訊問なぞ無益だ、そんなものから何の…
「審判」が最初に出版された時の形式で見るとKは逮捕された際、監視人たちに検事の「ハステラーに電話をしてもいいか?」と訊ねている。以後、検事ハステラーの名は二度と出てこない。だが戦後のカフカ遺稿検証作業に伴って明らかになった事実の一つとして、…
グルーバッハ夫人の甥(おい)は大尉である。Kには一つの予告もなしにビュルストナーの部屋の隣室に入居していた。すでに述べた。しかし大尉の入居についてKがそれを知ったのはビュルストナーの口からであり、形を整えたのはグルーバッハ夫人である。大尉が…
午後九時頃、Kの部屋に二人の紳士がやって来た。新しく見る監視人らしい。「城」の助手たちのようにKにぴったり密着する。三人が密着した姿をカフカは描いており、まったく奇妙奇怪な様子なのだが、それゆえ描く必要があるのだ。「ぎごちなく」にもかかわら…
短編「掟の門」と同じことを述べた僧。Kは自分のすべての行動が無価値なものに思えてくる。そんなKに僧は奇妙な説明を与える。 「『いや』、僧は言った、『すべてを真実だなどと考えてはいけない。すべたただ必然的だと考えなければならぬ』。『憂鬱(ゆうう…
時間の経過とともに逆にK自身の側が時間を刻む<音>になる。それはKが爪先で音を立てて歩くのに従って「円天井もかすかに、しかし絶えまなく、歩くにつれて規則正しく幾重にもその木魂(こだま)をかえした」という形式を取り、大聖堂の側がKから受け取りK…