Hakurokin’s 縁側生活

アルコール依存症/うつ病/リハビリブログ

Blog21・「海辺のリゾート地」=「バルベック」への場所移動

バルベックへの場所移動はプルーストにとって何をもたらすのか。或る地点から別の地点への移動は<差異>の出現なしにあり得ない。<私>は旅行の醍醐味について思う。「出発と到着との差異をできるかぎり感じずに済むようにするのでもなく、その差異をできるだけ深いものとし、想像力がわれわれを、暮らす場所から行きたい場所の中心にまで一足飛びに運んでくれるとき、われわれの頭のなかにその差異が存在したときのとおりに、そっくり全面的に感じるところにある」と。また「その差異をできるだけ深いものとし」と述べて一つの場所からもう一つの場所への<切断>と<あいだ>とを強調している。そしていう。「われわれをある名前からべつの名前へと運んでくれる」。二つの場所は地理的には繋がっているけれども、移動という点でバルベックは、それまで作品の舞台だったコンブレーやパリとは決定的に異なるもう一つの場所だ。「ある名前からべつの名前へ」というのは両者がそもそも別々のものであり、なおかつ<或る一つの価値体系>から<別の一つの価値体系>への場所移動だということを意味する。

「旅行本来の醍醐味は、途中で車を降りたり疲れたときに休めるところにあるのではなく、また、出発と到着との差異をできるかぎり感じずに済むようにするのでもなく、その差異をできるだけ深いものとし、想像力がわれわれを、暮らす場所から行きたい場所の中心にまで一足飛びに運んでくれるとき、われわれの頭のなかにその差異が存在したときのとおりに、そっくり全面的に感じるところにある。それが奇跡に思えるのは、一足飛びに一定の距離を越えるからではなく、一足飛びに地上の相異なるふたつの個性をつなぎ、われわれをある名前からべつの名前へと運んでくれるからだ」(プルースト失われた時を求めて4・第二篇・二・二・P.29」岩波文庫 二〇一二年)

場所移動は瞬時に行われるわけではない。移動中、「一方の窓から他方の窓へ」と景色は移り変わる。そこで<私>は「連続して一幅の画をつくりあげようとした」。というのは一つの窓から見える景色はもう一つの窓から見える景色とは異なっており、一つ一つはそれぞれ<個別的断片>に過ぎないからだ。連続した「一幅の画」はあらかじめ連続しているわけではまるでなく、逆に「間歇的で相反する断片」を「寄せあつめ継ぎあわせて」でなければ「連続」した「全体の眺望」にはなり得ない。「全体」はその後に生じる集合体的なモザイクでしかない。一つの<断片>ともう一つの<断片>との<あいだ>は<間歇的>であり、連続的ではなく非連続的な<個別的事象>であるがゆえ、「全体」というものは事後的に「つくりあげ」られるモザイク的創造行為なのだ。

「そこで私は、一方の窓から他方の窓へとくり返し駆けより、移り気で美しい真っ赤な私の朝の間歇的で相反する断片を寄せあつめ継ぎあわせて全体の眺望を捉え、連続して一幅の画をつくりあげようとした」(プルースト失われた時を求めて4・第二篇・二・二・P.55」岩波文庫 二〇一二年)

だがしかしプルーストは世界について、連続性ではなく非連続性、一つの全体ではなく各々の個別が、ばらばらに散在しているということについてまるで知っていなかったわけではない。例えば「屋根の線や石のニュアンスなど」一つ一つがそれぞれ別々の「中味」を持っていると始めから感じ取ってはいた。

「私が、屋根の線や石のニュアンスなどをなんとか正確に想い出そうとしたのは、なぜかわからないが、いまにもそれらの蓋(ふた)が開いて詰っている中味を引き渡してくれるように思えたからである」(プルースト失われた時を求めて1・第一篇・一・一・二・P.382」岩波文庫 二〇一〇年)

だからこそ、アルベルチーヌ失踪という<象形文字>から<私>が受けた「精神的衝撃の延長である苦痛」という「中味」(意味)を日頃から身近なすべての友人知人たち一人一人へ向けて伝達・配送することができる。この場合、アルベルチーヌ失踪という<象形文字>はシニフィアン(意味するもの)であり<私>が受けた「精神的衝撃の延長である苦痛」はシニフィエ(意味されるもの)である。<私>と同じようにアルベルチーヌと親交が深かった人々へ向けて伝達・配送される情報は、一つの「<象形文字>=シニフィアン(意味するもの)」だが、それを受け取った複数の人々に同じ「精神的衝撃の延長である苦痛」という「シニフィエ(意味されるもの)」を与える。一つの商品の無限の系列のように拡大再生産可能なものだ。情報が封書の中に入っていてもネット社会を飛び交うメールのように送受信される場合でも、<私>と同じようにアルベルチーヌと親交が深かった人々に与えられる衝撃は同じものである。

「こうむった精神的衝撃の延長である苦痛は、なんとかして形を変えようと切望する。人は、あれこれ計画を立てたり問い合わせをしたりすれば苦痛を追い払えるだろう、そうすれば苦痛は限りなく形を変えるだろうと期待するもので、そのほうがありのままの苦痛を堪(こら)えつづけるよりも楽だからである。苦痛を感じながら身を横たえているベッドは、あまりにも狭く、固く、冷たく思われるものだ。そんなわけで私は両脚でしかと立ちあがったが、部屋のなかを歩むのに細心の注意をはらった。アルベルチーヌが座っていた椅子や、金色の上靴(ミュール)を履いてペダルを踏んでいたピアノラなど、本人の使っていたものがなにひとつ目にはいらぬ位置に身を置くようにしたのだ。そうした事物はどれも、私の想い出が教えこんだ特殊なことばを用いて、アルベルチーヌの出奔をべつの形に翻訳し、いま一度それを私に告げようとしているように思われたからである。しかし見つめまいとしても、それらは目にはいる。すると全身の力が抜け、私は青いサテン張りの肘掛け椅子のひとつに倒れるように座りこんだ。この肘掛け椅子の表面の艶やかな光沢は、つい一時間前、射しこむ日の光のせいで麻痺したかのような部屋の薄明かりのなかで、私にさまざまな夢を見させてくれたものだが、そのときは情熱的に胸を躍らせたこれらの夢も、いまや私には縁遠いものとなった。いままでこの肘掛け椅子には、あいにくアルベルチーヌが目の前にいるときにしか座ったことがなかったのだ。それで、私はじっと座っていることができず、立ちあがった。このように各瞬間、われわれ自身を構成してはいるもののアルベルチーヌの出奔をいまだに知らぬ無数のしがない存在のひとつがあらわれるから、その『自我』のひとつひとつにこの出奔を知らせなくてはならず、つまりいまだそれを知らぬ全員に今しがた生じた不幸を知らせなくてはならずーーーこの人たちがまるで赤の他人で、私の感受性を借りて苦しむことなどない人たちであったなら、これほど辛い想いはしなかったであろうーーー、そのひとりひとりがその都度はじめて『アルベルチーヌさまは自分のトランクを全部出してくれとおっしゃいました』ーーーそれはバルベックで母のトランクの横へ積みこまれるのを見た棺(ひつぎ)の形をしたトランクだーーー『アルベルチーヌさまはお発ちになりました』ということばを聞かなければならないのだ。そのひとりひとりに、私は自分の悲嘆を教えなければならなかった。この悲嘆は、忌まわしい状況の総体から勝手にとり出した悲観的結論などではさらさらない。われわれ自身が選んだわけではなく外部から到来した特殊な印象が間歇的に無意識裡によみがえったものである」(プルースト失われた時を求めて12・第六篇・P.44~46」岩波文庫 二〇一七年)

ここで「アルベルチーヌ失踪」=「精神的衝撃の延長である苦痛」という等価性が出現している。なぜそうなるのか。スピノザはいう。

「もし人間身体がかつて二つあるいは多数の物体から同時に刺激されたとしたら、精神はあとでその中の一つを表象する場合ただちに他のものをも想起するであろう」(スピノザ「エチカ・上・第二部・定理一八・P.122」岩波文庫 一九五一年)

さて、バルベックはノルマンディー地方の「海辺のリゾート地」である。場所移動する前の土地とした後の土地とでは<価値体系>がまるで異なっている。非連続的で「間歇的」な場所移動を経て価値体系もまた異なる場所へ出た。当り前といえばそれまでかもしれないが、非連続的という意味で、この旅行自体が多元的<諸断片>からなる価値変動でなければならない。場所移動に伴う<或る価値体系>から<別の価値体系>への変動がまったくない場合、安い労働力で生産し流通(場所移動)させ、できあがった諸商品の消費によって価値を実現させることができないのと同様である。だから「市場」はいつも「リゾート地」に似ている。固定されているものは何一つなく、逆にいつも不安定な変動相場性によって支配されている。その様相を人格化して描いたとすればプルーストの次の文章のようになる。

「コンブレーでは、私たちは皆に知られており、私はだれにも気兼ねなどしなかった。海辺のリゾート地の生活では、隣人は赤の他人である」(プルースト失われた時を求めて4・第二篇・二・二・P.91」岩波文庫 二〇一二年)

バルベックへ到着した数日後の朝、海辺で交響楽団のコンサートが行われた。そこで<私>はワーグナー作曲「ローエングリン前奏曲」や「タンホイザー序曲」に感銘を受ける。<私>はとりわけワーグナー信者というわけではないのだが、この時に聴いた「ローエングリン前奏曲」や「タンホイザー序曲」を「真実」だと思い、自分の頭の中の「真実」の枠の中に「入れこもうと」する。真実というのは入れたり出したりできるものなのだろうか。と読者は<私>の無邪気さに微笑まざるを得ない。そもそも「真実」という絶対的な何かが存在するものなのだろうか。しかしその瞬間の<私>にはそうとしか思えない。

(1)ワーグナー「ローエングリン・第一幕・前奏曲」

(2)ワーグナー「タンホイザー序曲」

だが重要なのは<価値体系>といっても「海辺のリゾート地」=「バルベック」は価値が体系化しておらず、むしろばらばらに解体されたアナーキーな場所に思われることだ。その意味でワーグナーはあくまで「酩酊的・麻酔的」でありアナーキー的な「無調性」とは違っていると言わねばならない。プルーストはこう書いている。

「この娘たちは、海辺のリゾート暮らしを特徴づける社会的尺度の変化という恩恵をもこうむっていた。ふだんの環境でわれわれの存在を大きくひき伸ばしてくれる特権もここでは目立たなくなり、事実上、消滅してしまう。それにひきかえここでは一見そんな特権があると見える人間だけが、うわべだけ幅を利かせ大手を振ってのさばっている。そんなうわべだけの羽振りのよさのせいで私の目には、見知らぬ女性が、この日には例の娘たちが、いともたやすく途轍もない重要性を帯び、その娘たちに私の持ちうる重要性を知らしめるのはかえって不可能になる」(プルースト失われた時を求めて4・第二篇・二・二・P.342」岩波文庫 二〇一二年)

そんなバルベックへの場所移動がなければ<私>とアルベルチーヌとの出会いはなかった。またバルベックがコンブレーやパリとはまるで異なるリゾート地独特のアナーキーな場所でなかったとしたら、偶然、次々出現する衝撃的事実に<私>が出くわすことはもっとなかったに違いない。

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