2021-01-01から1ヶ月間の記事一覧
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 次に見ておきたい説話。だが、その現場はどの国のどの辺りなのか、欠字になっている。しかしだいたい想定することはできるだろう。男性の兄弟がいた。兄は地元で猟を生業に専念していた…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 熊楠は科学者による「記録」の重要性についてこう述べている。 「此通り俺(わし)の画いたのは三色もある。此『図譜』のやうに一色では無いのぢや。生えてある時の色と採収後の色とが…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 今でいう京都府宇治市の小幡(こばた)が舞台。「今昔物語」は小幡(こはた)と読ませている。 その昔、頼清(よりきよ)という民部省所属の三等官がいた。斎院(賀茂社)の職員を務め…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 平安時代中頃までは今の京都市上京区・中京区辺りは確かに高級官僚らの住宅街だったようだ。では次に、「下辺(しもわたり)」とはどの辺りを指すのか。下京区以南が漠然とそう呼ばれて…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 はっきりした日付は特定できない。一条天皇の后・藤原彰子が京極殿(きやうごくどの)で遭遇した妖怪〔鬼・ものの怪〕について。なお、「上東門院(じやうとうもんゐん)」=「藤原彰子…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 源重信(みなもとのしげのぶ)が左大臣だった頃。「方違(かたたがへ)」=「方角タブー」を避けるため一晩だけ朱雀院(すじやくゐん)で過ごす必要があった。朱雀院の東は今の京都市中…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 醍醐天皇(八九七年~九三〇年)の延喜(九〇一年~九二三年)の頃。内裏の「仁寿殿(じんじうでん)」と「南殿(なでん)」=「紫辰殿(ししんでん)」とを繋ぐ廊下に掲げてある灯火を…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 熊楠は睡眠中にふらふらと彷徨い出て愛人のところまで行って出現した在原業平の魂について引いている。 「『伊勢物語』に、情婦の許より、今霄夢になん見え給いつると言えりければ、男…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 或る時、京の都から東国に向かって下っていく男性がいた。途中、抑えきれない性欲が勃然と湧き起こってきて、どうすればよいものかと持て余してしまった。ちょうど通りかかったところ道…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 妖怪〔鬼・ものの怪〕は時として人間の姿に変身して出現した。次に言及するのは「幡磨(はりま)ノ国」(現・兵庫県南西部)の或る家で死者が出た時のこと。葬送の際の打ち合わせなどを…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 妖怪〔鬼・ものの怪〕に取り憑かれたと思われる病人が出た。当時の風習通り霊媒師を呼んでその妖怪〔鬼・ものの怪〕を病人から霊媒師に乗り移らせたところ、霊媒師は語った。自分は狐で…
前回同様、粘菌特有の変態性、さらに貨幣特有の変態性とを参照。続き。 京の都で雑役を務める無位の役人=「雑役男」(ざふしきをのこ)がいた。或る日の夕暮れ時、何か急用が出来たようで、その妻が一人で外へ出かけた。周囲はもう暗くなりかけている。黄昏…
熊楠は「燕石考」の中で、全然関係のない事物同士の類似による誤解と唯一の原因という錯覚から、本来見るべき《原因の多数性》という事情が覆い隠されてしまうという事実を暴いてヨーロッパの専門誌で高く評価された。同時に古代から中世にかけて日本に出没…
熊楠は「通り悪魔」伝説についてこう述べた。 「山崎美成の『世事百談』にこのことを記せり。いわく、『前略、ふと狂気するは、何となきに怪しきもの目に遮ることありて、それに驚き魂を奪われ、思わず心の乱るるなり。俗に通り悪魔に逢うと言う、これなり』…
長い間、疑われずに信じ込まれてきた事情。 「粘菌が原形体として朽木枯葉を食いまわること(イ)やや久しくして、日光、日熱、湿気、風等の諸因縁に左右されて、今は原形体で止まり得ず、(ロ)原形体がわき上がりその原形体の分子どもが、あるいはまずイ’…
熊楠が述べている粘菌変態論。 「粘菌が原形体として朽木枯葉を食いまわること(イ)やや久しくして、日光、日熱、湿気、風等の諸因縁に左右されて、今は原形体で止まり得ず、(ロ)原形体がわき上がりその原形体の分子どもが、あるいはまずイ’なる茎(くき…
都の貴人の警護に当たる人々は若い武者が向いている。その修練の場として一度は勤めなければならないのが夜間の宿直(とのゐ)だ。或る夏の夜。二人の若武者がとある貴人の邸宅の宿直に当たっていた。互いに十八番の物語を順番に語り合って過ごしていた。隣…
熊楠の思考の特徴は変幻自在に変容していく点にあると述べた。「燕石考」から引用した。 「これまで私は、複雑な燕石伝説のさまざまな入り組んだ原因を追求してきた。さて、原因は複数のものであり、それらが人類の制度の発展に、いかに些細であろうとも、本…
一九二〇年(大正九年)は第一次世界大戦後の戦後恐慌が始まった年である。この年に熊楠は高野山に赴き旧知の土宜法竜と面会している。土宜は帖を出してきて何か書いてみてはと言う。熊楠は歌を一首書いた。阿難が釈尊涅槃前に仏と問答した故事を由来とした…
シンデレラは女性にのみ限った話ではない。貧乏男性が長者と化す話は普通報恩譚として語り継がれる。だがその中にシンデレラ系伝説の系列に属するのではと考えられるものが混在している場合もないではない。熊楠は「西暦九世紀の支那書に載せたるシンダレラ…
神話が出現する条件として類似(アナロジー)ということがどれほど大きなウエイトを占めているか。熊楠はいう。 「中国人が化石のスピリフェルを燕の変身したものと間違えたこと以外にも、ある物の起源を、それと表面的な類似を持つ他の物に見るという、通俗…
死ぬと石になるという伝説は世界中で採集される。熊楠が紹介しているケースはまた異なっていて、紀州熊野では死ぬこと自体を指して「金になる」といったらしい。以前少し触れた。 「『沙石集』一巻八章、熊野詣での女、先達に口説かれ愁えしに、下女、主の女…
京に都があった頃。「冷泉院の小路」の近く(現・東洞院通と夷川通との交差点東側付近)に「僧都殿」(そうづどの)と呼ばれる不吉な一角があった。「小路」の道幅は今の約12メートル。その小路を挟んだ北側に「讃岐(さぬき)ノ守(かみ)源ノ是輔(これ…
舞台は天竺(インド)。僧が登場する。とはいうものの僧は一体何のために登場してきたのかさっぱりわからない。仏教説話では、単独で僧が登場する場合、必ずしも僧でなければならないわけではない。仏教説話ゆえに差し当たり、ひょいと僧が出てくる。次の説…
酒呑童子討伐軍の凱旋行進。土産はもちろん酒呑童子の頸(くび)である。京の都には我も我もと見物客が殺到する。源頼光一行を一目見たいというより遥かに「酒呑童子の頸(くび)」と、捕らえられて行方不明になっていた数名の「姫君」が今やどんな姿形に変…
酒呑童子討伐に当たり六人が選出される。戦勝祈願のため二人一組で三箇所へ参詣する。それぞれ、「八幡(やはた)」は「石清水八幡宮」、「住吉(すみよし)」は「住吉明神」、「熊野(くまの)」は「熊野権現」を指す。 「頼光(よりみつ)と保昌(ほうしや…
熊楠が「一本ダタラ」について報告している箇所は以前上げたように或る種の顛末を持っている。 「広畠氏知りし人の話に、伊勢の巨勢という村をはなるること三里ばかりの山、四里四方怪物ありとて人入らず。大胆なるものあり、その山に近く炭焼きし、冬になり…
説話が伝えられた土地によりけりだが、酒呑童子=王子(みこ)伝説が残っている。以前「和泉式部日記」から次の箇所を引いた。 「明(あ)けぬれば、『鳥(とり)の音(ね)つらき』とのたまはせて、やをら奉(たてまつ)りておはしぬ。道(みち)すがら、『…
仏教輸入以前と以後との中間地帯で起きた或る一つの訴訟について書かれた「日本霊異記」の記述はとても興味深い。今の大阪府大阪市東成区に家族とともに住んでいた男の話。牛を殺して神に奉納する信仰を持っていた。古代インドや中央アジアの遊牧騎馬民族の…
熊楠の自由奔放な研究態度は「牛肉蕈」のほんの一節を見ただけですぐさま見出される。 「古来肉を忌んだ山僧が種々の菌(きのこ)を食ったことは、『今昔物語』等に出で、支那の道士仙人が、種々芝(し)と名づけて、菌や菌に似た物を珍重服餌した由は『枹朴…