患者たちのその後(61)
会場を覗くとロビーで煙草を吸いながら休んでいる若年層患者数人が他愛のない世間話を交わし合っている。ふたりよりさらに若い印象を受ける。上村はいう。
「ぼくらより若い人たちに見えますが」
「前にも見かけたけど二、三年は若いよ。五人くらいいるだろ?」
「みんな金髪に染めてますよ」
「びびらなくていい。何もインネン付けたりしないから。アルコール抜いてミーティングに参加してる人間ってのは特に若い年齢層だと体の調子が戻ってくると気分的な高揚感が湧いてくることも多くてね、そういう時期に髪を染めたがる傾向はどこへ行っても見かける」
「遷都市のミーティングではあんまり見かけませんけど」
「女性ならほんの少しブラウンに染めてる人がいてるくらいで男性はほとんどないもしてない。周囲がそうだとひとりだけキンキンに染めたりってなかなかやらないよ。暁市からちょっと西へ電車乗り継げばもう国内第二の大花市に入る。大花市ミーティングの主な会場は上村がまだ入院中にひと通り回って見たんだけどぼくらより若い患者が結構多い。服装も派手で。といっても中高年はどこにでもいるアルコール患者。十年以上前に手に入れたよれよれの上着を羽織ってる人がたくさん。お洒落しようなんて気持ちはとっくの昔に消え失せて生活再建で必死な人がほとんど。さらに他の会場へ行けばよく見かけるけど生活再建する気持ちもだんだん消え失せて入院するお金もなくなってただひたすら自助グループにしがみついてくしかない患者で溢れかえってる」
「主な会場って回ったんですか?」
「新阿武隈病院に入院中の知り合いの患者の見舞い行ったときに初対面の患者さんから声かけられたからね。何月何日に退院予定だから是非来てくださいと言われたんで覗きに行ったんだ。大花市ミーティングは新阿武隈のアルコール病棟入院経験者が圧倒的に多くてね、なかにはぼくらみたいに遷都市の暇倉病院入院経験者もいるようだけど、まあだいたいは新阿武隈退院者。他にプログラムが整ってる専門病院がなさ過ぎるんだよね。で主な会場ってのは北江戸川、東江戸川、南江戸川、西江戸川の四つのミーティング。東江戸川以外はどこも満員だった」
「東江戸川は空いてるんですか?」
「たまたま空いてた。真夏のめちゃめちゃ暑い日で夕方から暴風雨になった。蒸し暑すぎるのと暴風雨対策に手間取っていつもの参加者の多くは見送ったんじゃないかな。それでも十人くらいは顔出してたよ。ぼくはせっかく遷都市からはるばるやって来てるんで引き返すのもったいないしそのまま参加したわけ。私鉄駅前の保育所でやってる」
「保育所ですか。附属施設とか会議室とか貸してもらえるんですかね?」
「いやいや昼間に子どもが使ってる保育室が会場だよ。参加者の少ない日だったから広く感じたな」
「テーブルとか椅子とかはどこから持ってくるんです?」
「だから昼間に子どもが食事取る時に使ってるテーブル並べて椅子も子ども用の小さい椅子に腰かける。ミーティングが終わったら参加者みんなで片付けて元に戻しとく。気分は幼稚園に戻ったみたいに懐かしいよ。板の間だし」
「保育室なら人数に合わせてテーブルも椅子もたくさんあるだろうし伸縮自在かも。いいアイデアですね」
「アイデアじゃなくて他に貸してもらえそうなところがないから偶然そうなったんだよ。でも上村のいうように伸縮自在ってのはなるほどメリット。ちなみに南江戸川ミーティングの会場は三階建ての立派な公民館の大会議室なんだけどあらかじめ固定してあるテーブルを使うんで予想以上の人数が集まった時に椅子を運び入れるにも限りがある」
「南江戸川は大花市でも一番参加者が多いって聞きますが」
「国内最大の日雇い労働者の街を含んでることもあってね、ぼくが言ったときは九十三人くらいだったかな、百人近かった。時には百人越える時もあるって古株の高齢患者が言ってた。南江戸川の日雇い労働者は国内の至るところから集まってるでしょ。体験談聴いてると結構方言に出会えるんだよ。東北弁はわかりやすいほう。なかには南西諸島、奄美から来ましたっていう比較的若い三〇代男性とかもいててさ、ミーティング終わった後に声かければ地元の話とか聞かせてもらえるよ。海は確かにきれいなんだけど仕事が少な過ぎてどうしようもないって嘆いてた」
「新阿武隈病院で知り合った患者さんには会えたんですか?」
「東江戸川ミーティングで会った。暴風雨の夜だから家が近い人たちばかりだろうと思ってたんだけどその人は先天性の歩行障害持っててね、上半身を左右に揺らしながら歩く動揺性歩行っていうんだけど、家族もなくて他に居場所がないんでとにかくせっせとミーティング回りして友だち作ろうって感じ。わざわざ南から来てた。暴風雨になってどうするんですかって聞いたら保育所の近くに知り合いがいるんでその家に泊めてもらうって言ってたな」
「東江戸川駅前かあ」
「あの駅を中継してカンザシ川を北上すれば看護師の初瀬さんが通ってた国立千里大医学部看護学科キャンパスへ出るよ」
「あそこが中継駅なんですか」
「でも研修受けたのはそこの窓から見えてるでしょ?川沿いの巨大な総合病院。あれが国立千里大医学部付属病院」
「すぐそばですね。じゃあ初瀬さん、暁市のミーティング会場知ってるのかな?」
「知ってると思うよ。研修受けた附属病院が近いってことだけじゃなくて暇倉病院へ移ってくる前は崖之水病院のアルコール病棟勤務だったわけだし」