Hakurokin’s 縁側生活

アルコール依存症/うつ病/リハビリブログ

Blog21・二代目タマ’s ライフ629

二〇二五年七月二十一日(月)。

 

早朝(午前五時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

朝食(午前八時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

昼食(午後一時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

夕食(午後六時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

 

タマね、今日も飼い主の九〇年代ノートレポート見たよ。看護師のチャは専門病院勤務三年目で仕事はだいたい身に付いてきたんだけどそのぶんこれまで見えてなかったことが見えるようになってきた頃なのかな?

 

うん。慣れてくるとね、慣れたら慣れたで現場の見え方がそれまでとは違ってくる。それはどこの職場でもよくあることだよね。補足的に少し言っとくと、アルコール病棟は独立してたんだけど、アルコールだけじゃなくて他のいろんな薬物依存と混ざってしまってる患者の病棟がまた別にあった。薬物依存のほうは時代に先行してるっていうと変な言い方なんだけど若年層が圧倒的に多かった。九〇年代後半にPHSって端末が日本国内で発売されてね、今でいう安価なスマホの走りみたいな無線通信機器。それ使えば違法であれ合法であれほぼどんなクスリでも処方箋なしに簡単に手に入るようになった。安価だしね。同時に雑誌の特集とかでどんなクスリをカクテルすると遊べるとかあれとこれと酒を混ぜると最高っていう記事が結構出回った。就職氷河期と重なって手軽なバイトでおやつ代わりにむしゃむしゃ薬物食べてるような未成年なんてあちこちで見かけるようになった。バブル消えて日々の生活苦がモロにのしかかってきたのが一番大きいといえばそれまでのことなんだけど、だけじゃなくて若い人ってずっしり重い暴力団に関わりたくないという理由と、けど薬物で遊んで気晴らししたいって気持ちと両方ある。そんな時代背景と生活環境が相まってさらに不況から抜け出せないうちにスマホ一台で好きな時に好きなものが何でも手に入るようになった。当時飼い主は入院中に一度うつ状態がひどくなった時期があって静かな病棟で少し休ませてほしいって言ったら薬物その他いろいろ混じってる病棟に静かな部屋が空いててね、そこで何日か過ごしたことあるんだ。一日中ひと言も口聞かないでひたすらベッドで布団かぶってる自閉症の子から年配になると七〇年代万博の頃に流行ったシンナーやトルエンで歯も脳もところどころ溶けてしまってる患者までごちゃごちゃになってる病棟だったけどアルコール病棟より静かなのは静か。

 

チャは薬物等ごちゃごちゃ病棟のこと知ってるの?

 

知ってるよ。そっちへ移っても十分看護師やっていける人だった。専門病院じゃ統合失調症患った患者のほうがずっと多いんだけど統合失調患者ってハイな人なんてほとんどいない。九割方はとってもおとなしくてさ、相部屋で軽作業の時間だとひたすらちょこちょこ軽作業やってて、夕食ですよおって看護師が声かけるとよろよろ集まってきてぱくぱく食べてまたよろよろ部屋へ戻ってく感じで看護師としては一緒に付き添ったり遊んであげたりするのが主な仕事だから看護師の多くはそっちへ行きたがる。あと認知症とかアルツハイマーが多い高齢者病棟ね。だからアルコールや薬物が抜けると途端に口達者なシラフになってなんだかんだと問題起こしがちなアルコール病棟と薬物ごちゃごちゃ病棟勤務を希望する看護師ってめちゃめちゃ少なかった。PHSが発売された頃ちょうど入院してたから今の若年層がスマホ片手にやりがちな依存的言動ってもう三〇年前から目に浮かぶようだったね。このままじゃ思春期がターゲットになるってのはわかりきってて早く独立して専門医やってる人いるんだけど、今も京都で。その先生が思春期医療やろうと思った動機のひとつは若い頃に読んだ太宰治だって言ってた。独立するや見るみるうちに患者増えちゃってさ、一応アルコール病棟勤務経験もあるし学生患者も診れるしっていうんで、今やあまりにも患者が多すぎて予約一杯なんで実名は出せない。

 

ふ~ん。人間って奥が深いのかな~んも考えてないのかわかんなくなっちゃうよ、猫のタマとしては。それとね、今日のテレビ見てたらまた参政党って出てたよ。

 

飼い主は大学在学中の中曽根政権時代からこれまでずうっと統一教会脱会支援やってきたんだけど統一教会そのものが政治政党になるわけじゃなかった。けど参政党はカルトそのものが政治政党。中東のガザで小さな幼児の頭を銃器で叩き割って頭部をまっぷたつにぐんにゃり伸ばしてなぶり殺しにしてるとこをスマホ撮影して世界中に発信して悦んでるイスラエル極右政権と参政党が昔からずっと分厚い仲間どうしだって、日本のマス-コミはひとつも言わないでしょ。びびりまくって。さらに参政党はヤマト-イスラエル友好協会っていうカルトのフロント組織でさ、ヘブライ原理主義の教義に基づいた優生思想の本家本元で日本の皇室や皇族の中にも男性は優等で女性は劣等って頭から信じ込んでる連中ばかり。例えばね、天皇ヒロヒトは優等民族だけど皇后雅子はただ単なる「産む機械」に過ぎないって考え方。もっとも口には出さないよ。けどヘブライ原理主義ってのは昔からそうだし今はトランプ大統領率いるアメリカのユダヤロビーとがっちり組んでるから連中が何を考えてるかなんて手に取るようにわかる。

 

そうなんだあ。昨日さあ、飼い主の高校時代の話で「男子は少しぐらいやんちゃで年に一度くらい喧嘩のひとつもしたほうがはきはきと自己主張できる大人に育つって、あろうことか宗教の教師がそんなこと学校内で平然と口にしてた」って言ってたじゃん。ほんとの話?

 

ほんとだよ。飼い主が通ってた頃からそんなこと言ってた。担任教師やったこともある。まだ子猫だった頃のタマを可愛がってくれたお婆ちゃん覚えてるだろ?飼い主の母親ってことになるんだけど飼い主から見て母方の従姉妹は飼い主が通ってた高校の後輩なんだよ。そんときたまたま従姉妹が入学したばかりの一年生の時の担任に当たったのがその宗教教師。延暦寺学園比叡山高校だね。

 

そうなの?窓のすぐそこに見えてる。

 

うん。で飼い主が通ってた高校の同窓生代表は当時一年上にいてた生徒でね、今は滋賀県の県議やってる。その父親が衆議院議員やってて後継いだ形なんだけどその息子も統一教会の支援受けて議員になった。そんなのが同窓生代表で今ものうのうと生きてる。こっちは関大入ってから何度も統一教会の人間に脅迫され殺されかけたってのに。大阪で障害者介護してた頃なんてありとあらゆるカルト団体から死刑宣告が届くし。その中でも今回注目された参政党のバックのヤマト-イスラエル友好協会ってのはめちゃめちゃ悪質。日本の皇族のこともヘブライ原理主義に基づく優生思想で誰が上で誰が次で誰はもうスキャンダルの泥沼へ沈めて社会的に抹殺してしまえばいいって順位を決めてるのが丸わかり。それに日本国内に限ってみて統一教会悪徳商法だけでも被害者団体から相当怨念買ってるし、特にパレスチナ支持でなくてもこれまで自民党支持してきた比叡山なんて何度叩き潰しても潰したりないと思ってる人は全国各地に山ほどいる。特に被害者二世三世世代。琵琶湖の東岸から見るとね、比叡山ってそれはそれは見晴らしよくて最新型ミサイルの格好の標的。ミサイル売ってるのは世界中の軍事産業だけど中でもイスラエルは最新鋭タイプを売り出し中で、ほとんど使い物にならなくなった統一教会といちゃついてきた宗教教団なんていつ爆発したって全然構わないって立場。とにかくユダヤロビーは世界中に根を張ってる。軍事で儲かる今はなんでもする。AI時代の「無敵の人」。

 

ええ、そんなに恨み買ってるならいつこのそばにミサイル飛んできてもおかしくないじゃん。火の海になってタマも飼い主も死んじゃう。そんなのやだあ。

 

と言ってもさ、Z世代とか言って若い世代をちやほや持ち上げとく一方、ただ単なるSNSのデマ見て本気にするような若年層をせっせと作り上げてきたのはそもそも自民党満州の引き上げ組の岸一族と安倍一族と電通

 

飼い主の高校の後輩に当たる従姉妹さんは今どうしてるの?

 

三児の母だね。大人だよ。けど高校時代のことは今でも思い出したくないって。高卒後は岡山理科大に進学したんだけどさ、あとに安倍政権時代に発覚したモリカケ問題があってね、その加計学園が作った公立の理系大学が岡山理科大モリカケ問題発覚でずいぶんショックだったみたいだけど表には出さなかったように思うね。表に出したら、え、あのモリカケと関係ある人?って思われるから。

 

はー、そんなことがあったのかあ。タマ知らなかった。

 

統一教会問題では大阪にいた頃ずいぶん在日韓国朝鮮人や障害者と付き合って差別偏見反対を訴えてきたし、脱会運動にも顔出してた。ようやく収束してきたかなと思ったらもっと厄介な「キリストの幕屋」とか「ヤマト-イスラエル友好協会」が参政党って名乗って出てきた。関大で統一教会反対集会やった後にマス-コミがそのスポークスマンの学生や教授を取材源にしてたんだけど、実際に学内の一般学生から人集めしたのは飼い主らだよ。飼い主はその頃フランス現代思想とかやってて体力勝負でいちびってるスポークスマンから嫌がられて追い出された。追い出したほうの体力自慢学生の言葉を取材して飼い主を落とし込めるようなことに加担してきたのはマス-コミでさ、なかでも朝日新聞はひど過ぎる。間違いを認めようとしない。だからといって産経やフジテレビや読売の側がいいとは一概に言えないわけだけど。

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Blog21・退院後リハビリ創作(1998~1999.長岡京市在住時代)

落ちない肌(11)

 

左近が午後の点滴を受けていると久世が二号室へ顔を出した。

 

「槙島さん、時間空いてます?」

 

「ああ、いいですよ」

 

二人は揃って部屋を出ていく。なんの話だろう。左近にはまるで見当がつかない。久世と槙島はふだん互いに半目し合いながらもどこか牽制し合っているように見えるのだが時々連れ立って散歩に出ていくところを見かける。一度チャにそれとなく理由を訊いてみたことがある。チャは調子よく答える。

 

「さあ何でしょうねえ。気になります?いろいろあるんじゃないかなあ。久世さんと槙島さんはこの病棟でリーダーとサブリーダーって立場だし。あんまり気になるようなら左近さんが直接尋ねてみてもいいと思いますよお」

 

「そんなのできるわけない」

 

「ん、なんで?そろそろ気軽に相談できるようになってきてもいい頃だと思うけどなあ。だからってあたしが訊くわけにもいかないでしょ。左近さんがこんなこと言って気にしてましたよって、あのふたりにあたしが訊くの?」

 

「いや、訊かなくいい」

 

「でしょ?」

 

「うう、ん」

 

「あ、ちょうどついでになったんでお伝えしときますけど点滴は明日から午前中だけになります。午後から勉強会やミーティングの後は自由時間なんで結構楽に過ごせると思いますよ。またわからないことが出てきたら他の患者さんに」

 

と言いながらチャはそれとなく部屋を見回しながらいう。

 

「なんでも相談されたらいいですよ。あんまり遠慮せずに」

 

と言って看護師詰所へ戻っていった。二号室のベッドで点滴を受けながら窓辺を見ると一階の出入口を出て街路のほうへ歩いていく久世と槙島の姿が見おろせた。

 

病院から住宅街までのバス通りを降りてくるとできたばかりのコンビニの二軒隣に古くからの喫茶店がある。その日も真夏の暑さでじりじり肌が焦げてしまいそうだが喫茶店に入るとよくエアコンが効いていてふっと生き返った気持ちになる。久世と槙島のふたりは一番奥のテーブルで向かい合って席を取る。ふたりともアイスコーヒーを注文した。待っている間に久世は持ってきたメモ用紙をテーブルに広げ手にボールペンを持つ。槙島の顔を見ていう。

 

「次の役員、これって人います?」

 

「それなりというか」

 

「めぼしいのはあまりないと」

 

「もうちょっと元気のあるのがいてもいいと思うんだけどねえ。この前のソフトボール大会見てても体は支障ないし話も結構ぺらぺらしゃべるのいてるし。けど、どっか何か信用して後を任せられないというかな。どれもこれも平均点というか。おれがそんなこと言うのもおかしな気がしなくもないけどね」

 

「平均点ばかりになると誰もかれもが譲り合いになっちゃって何一つ決まらなくなるか。朝の散歩もひとりかふたりが引っ張ってくから毎日できてるわけだし」

 

「あの病棟、酒抜けたらからっきし何もやる気出ねえってそれはわかるんだけど」

 

アイスコーヒーをひと口すすると久世がいう。

 

「ちょうど三十歳で若いのが五号室にいてる。さほど目立つ感じじゃないけど見た目と違って声が大きいしサブはそれでいいかなと僕思ってて」

 

「ああ、看護師とかとも結構うまくやってる感じの」

 

「そう見えるよね?しかし実は案外不器用なんですよ、あれ」

 

「どこらへんが?」

 

「部屋が同じだから最初に担当看護師に言われてたんだけど、いわゆる<耐える人>なんだと」

 

「<耐える人>?鬱っぽいのかな。そうは思えねえけど」

 

「夜中に時々目が覚めて廊下のベンチでひとりぼうっとしてる。昼間は他の患者の雑談に混じってるから病棟の空気に耐えてるなんてわかんないでしょ」

 

「うん、昼間の雑談見ててふつうだと思ってたけど実は騒々しい雑談の中で耐えながら自分も雑談してるってことか。声大きいしわからなかったな」

 

「字は達者で時刻表確かめてその日に出かけるミーティング会場決めると他の患者誘ったりもしてる」

 

「じゃあサブはそれってことで」

 

「いい?」

 

「問題はリーダーですか」

 

「ですね」

 

サブが鬱っぽいならリーダーはハイなのを選んでバランスが取れるかというとそんな簡単な話には決してならない。久世はいう。

 

「明日詰所に持って来てくれって言われてる。なので今日のうちに」

 

「そう言われてもねえ、考えてるわけで」

 

槙島は人選がこんなに難しいと思ったことはこれまで一度もない。まだあの世界から足を洗っていなかった頃、どの店をどんな人材で固めればどんな客が付くということなら考えるまでもなくすらすら決めることができたし失敗した覚えもほとんどない。しかしあれはカネと暴力がものをいう世界の話であって、入院費を差し引けばカネなんて一文も持っていないに等しい患者ばかりを言葉だけで動かすというのはつくづく難儀だと槙島は生まれて始めて身に沁みる。

 

一方久世はもともとリーダーシップを取りたがる性格でやらせておけばそつなくこなしいつもすっきり晴れ晴れした顔でストレスを溜めないほうだ。もっともプライバシーを人一倍気にするタイプでそこをつつかれるとマジでキレてしまい目が座ったと思ったら言葉遣いも不気味な詰問調へがらりと変わる。ミーティングの体験談でも酒歴は結構あけっぴろげでどんなところでどんなふうに飲んできたかはよく語るが過去に何があったかはまるで読ませずうかがい知れない。ともあれ槙島は退院前でトラブルに巻き込まれたくない気持ちが強くかつての店の顧客の名を上げた。

 

「無難な線で元校長」

 

「元校長。いいですか?」

 

「おれはいいです」

 

「じゃ、そうしましょう」

 

ふたりはレジを済ませ店を出ると元きたバス通りを病院のほうへ上がっていった。陽は西へ傾き出しているとはいえアスファルトには日中の蒸し暑さが粘り付き足取りが心なしか重い。

 

翌日、久世は朝食を済ませると看護師詰所へ次の病棟役員推薦名簿を提出してきた。受け取ったのはチャで二度見直す。名前の上がっている患者の健康チェックのためにカルテを開いて確かめ、久世にいう。

 

「わかりました。あとで高木先生に伝えておきます」

 

今日は病棟の診察で高木が詰所へ顔を出す。多分すんなり通るだろう。

 

高木にレキソタンを処方してもらってからチャは日記を途切れることなく締め括りまで付けることができるまでに戻っていた。書いていて言葉に詰まり出したこともあり一時はどうなることかと動揺したがたまたまレキソタンが合ったようだ。日記は二十五年間ずっと続けてきて慣れてもいるし癖になってもいるわけだが何かの拍子にそれが上手くできなくなると体調が崩れることがあるのだと始めて知った。看護学科時代も実習でも具体的に教わったことはない。若年層の引きこもりや更年期障害ならそうした症状が出ると聞いていて実際に身の周りを見渡してみれば決して珍しくない。だが一体何がきっかけなのだろう。仕事や趣味や習い事につまずくようになったという話ならよく聞くわけだが、チャにとって日記は仕事でも趣味でも習い事でもない。

 

実習で一度見かけた不可解な光景がある。今のチャと同じくらいの年齢の女性が救急車で運ばれてきた時のことだ。どんな症状かというと、近所のスーパーへ買い物に出かけ道を歩いていると前からやって来て通り過ぎる人の腕が見えないという。どの人とすれ違っても体の他の部分や服装はよく見えるのにただ腕だけが見えない。急な不安に襲われ慌てて家に戻り自分で救急車を呼んだという。それがどういう症状なのか実習生はばったり出くわしただけのことで詳しい内容は知らされるはずもなく今なおチャはあの光景が何を意味するのか謎のままだ。

 

病院勤務になってからより一層心がけるようにしたのは患者の不安を取り除くための方法で、できる限りおだやかでさっぱりと無駄がなく要領を得た言葉を尽くし、なぜそのような症状が出ているのかを理解してもらうことだ。患者は理解を求めて医療機関を訪れる。患者の症状を理解するのはなるほど医療機関やそのスタッフの仕事なのだが同時に患者にもその症状について理解してもらう必要がある。そのためには言葉を用いて理解の共有をはかるほか方法がない。

 

さっき顔を見せた久世にしても槙島にしても役員を次へ譲れば残りは退院後の生活のことで頭が一杯になるはずで、これまでの経過を見ている限りではふたりともこのまま順調とは行かずおそらく鬱状態に陥るのではと感じる。ふだんから病棟のまとめ役としておおらかに振る舞っているしそれができるふたりではある。退院して外に出てもごく当たり前にしていればどう見ても鬱っぽくは見えないだろう。けれども高木やチャや他の看護師らも知っているようにふたりに共通して出ている朝夕の薬剤は有名なデパスセルシンではなく同じ量のレキソタンで多剤と比較して抗うつ作用が強い。もっともチャは眠前の服用だけで朝目覚めると言葉につっかえるようなモヤモヤは消えており夜間に起きることもまずないしすっきり眠れる。チャは服用している薬剤まで久世や槙島と同じで実は時折り鬱っぽくなるタイプなのかと思うと医療を施す側と医療を受ける側とどこがどう違うのか最近わからなくなってくる時がある。しかし考えてもわかりそうにないことを抱えてぼうっとしているわけにはいかない。

 

違いがあるとしたら。あとひと月経たないうちに久世も槙島も死ぬまで延々続いていく決して癒えることのない道程へ出ていくしかないことかもしれない。一方チャはどうなるだろうか。看護師やケースワーカーの中には疲労や激務のあまり逆に依存症を患い患者の側にまわってしまう例が少なくない。そういうこともあるだろうと忙しい職場の中にいるとふと思ったりする。依存症は地獄を見るまでわからない。つい最近までそう言われていた。

 

あ、とチャは思い出した。

 

久世や槙島が入ってくる少し前にこれまた若い、それこそチャとほとんど変わらない年齢で学年も同じの男性がふたり入院してきた。昼休みにたまたま詰所でテレビを見ていた時、ふたりのうち細身で小柄な体型でジーンズを履いたキロという名の患者が病棟役員の相談で入ってきた。テレビは昼のニュースが始まる頃で選挙の街頭演説の様子が映し出されている。立候補者の訴えが聞こえる。「これこそ問題の一丁目一番地ではないでしょうか、みなさん!」と今どき誰も驚かない乏しい言葉を大声でがなり立てている見慣れた映像。

 

なんとなくテレビを一緒に覗き込んでいたジーンズ姿のキロがチャの横でつぶやく。

 

「地獄に一丁目も二丁目もないですよね」

 

そう言って新しい役員名簿をチャに手渡し詰所を出ていった。

Blog21・二代目タマ’s ライフ628

二〇二五年七月二十日(日)。

 

早朝(午前五時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

朝食(午前八時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

昼食(午後一時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

夕食(午後六時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

 

タマね、今日も飼い主の九十年代ノートレポート見たよ。ほぼすべて槙島の体験談ということみたいだけどどっちかっていうと生育歴を自分で語ってるような感じだった。

 

そうだね、自分の生育歴を振り返って人前で語れるようになってきて、その中でどんな時にどんな心の変化があったか、ライフスタイルに気になる変化が生じたか、その頃にどんな生き方を選んでいったか、そういうことがそこそこ言えるようになれば後の人生は自分で考えるか仲間を見つけて相談し合う。今日は槙島の話がメインだったんだけど専門医が聞けば一目瞭然、依存症者の中でも最も典型的なタイプのひとつだね。

 

ふうん。槙島も半分だけだけど血の繋がりのあるふたりの妹の世話を中学高校時代からやってる。急速に崩れていく父親の面倒も含めて。このケースももしかしてヤングケアラーってことになるのかな。

 

明らかにそう。今思えば。でも九十年代後半って日本ではまだそんな言葉なかったからどんなふうに整理すればいいんだろうって本人自身も相当悩んでたとおもうよ。ヤングケアラー支援制度が日本で始まったのって二〇一〇年くらいかな。それもごく一部の地域に限ってだし言うまでもなく相談窓口なんてひとつもないに等しい。ましてや七十年代とか八〇年代前半の教育委員会や児童生徒の支援機関なんて的外れもいいとこで、なんにもわかっちゃいない印象は今でもかなり強烈な印象として記憶に残ってるね。

 

例えば?

 

飼い主の高校時代って八十年代前半に当たるんだけど、男子は少しぐらいやんちゃで年に一度くらい喧嘩のひとつもしたほうがはきはきと自己主張できる大人に育つって、あろうことか宗教の教師がそんなこと学校内で平然と口にしてた。そもそも教師の側、特に男性教師というのはほとんど体育会系の乗りで一本調子にしか物事を考えられない人が多かったし。文部省時代から文科省、それについ最近できた子ども家庭庁って海外の動きに比べたらあまりにも遅い。遅すぎる。

 

ところで今日は選挙速報やってるよ?

 

いわゆる現役世代がどんどん医療を受けにくるようになってきたんだけど、今回の選挙結果がますます医療現場を混乱させることはほぼ間違いないよね。とはいえネットを通したポピュリズムで躍進しそうな集まりやカルトが言ってるような荒唐無稽な政策が医療現場までもすぐ支配してしまうようなことはないんだよ。先々のことまである程度は手を打ってるし。そんな頭のわるい人間ばかりじゃとてもこれからの日本の医療を維持できるわけなくて何より子どもたちの将来をぶち壊しにするようなカルト団体のフロント政党をどうするかって対応ならもっと何年も早い段階でイギリスの医療現場が実績を積み上げだしてて日本での取り組みも実は始まってる。

 

そうなの?

 

そうだよ。医者っていろいろいるけど何もそこまで馬鹿揃いってわけでもない。

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Blog21・退院後リハビリ創作(1998~1999.長岡京市在住時代)

落ちない肌(10)

 

槙島の父は中学を出ると十代で市内の造園業者に就職し十九歳になると目配り気配りともにそつがなく腕のいい職人として現場によりけりとはいえしばしばチームの中心的な役割を任されるようになり二十五歳を過ぎる頃には早くも社の内外で重宝されるようになっていた。戦後高度成長期とともに会社も発展し一九七二年頃、独立して新しい造園業者を立ち上げ社長に就任。社長みずから陣頭指揮を取る。中規模ながらも常に新しい工夫やデザインを取り入れ古風で伝統的なものからモダンな庭まで幅広く手掛け仕事も確かで堅実な会社だと評された。

 

社長になると次第に同業者だけでなく他の業種の重役と出会う機会が結構増える。長男はすでに小学生になっており周囲から父親へ向けられる尊敬の念をいつも身近に感じて育った。そんな父親のことを息子は大変誇らしく思っていた。

 

(いつもの話だ。変わりない―)

 

談話室の前で洩れ聞こえた久世と槙島のやりとりが頭からまだすっきりしていないチャは話に耳を傾けながらどこかほっとするものを感じる。院内ミーティングはあらかじめ話す内容を設定しているわけではないので万が一久世との間で突然何かさしつかえのあることを話し始めたりしたらどうしようと槙島の順が回ってくるまで気が気でなかった。

 

槙島は続ける。真面目だった父親の足がだんだん家から遠のくようになり出した。外で妻とは別の女を作ったとかいう噂を耳にするようになったのは槙島が中学生になった頃だ。父親は家に帰ってきてすぐ母親の用意した夕食ではなく先に酒を飲むようになっており家に帰ってきた時すでに酒のにおいをさせていたりもした。槙島はそのにおいが父親でないような気がしてたまらなく嫌だった。たまたま家の前でタクシーから降りる父親を見かけた時にその後部座席にひとりの若い女性が乗っているのを見たのもその頃だ。それから半年ほど経たないうちに母は家を出て行った。家を出るとき母は何も言わずただ高校二年の槙島に貝殻のペンダントのような小物を手に握らせてくれた。以来、母は今どこでどうして暮らしているのか槙島は全然知らない。生きていれば連絡してほしいと思ったこともあるがもし死んでいれば今なお肌身離さず持っている貝殻のペンダントが母の形見の品ということになる。母が家を離れたのとほぼ同時に新しい母親だといっていつか見かけた若い女性を父親から紹介された。女性はまだ小さな赤ん坊を抱いており女の子だいう。その子が今日から自分の妹ということになるのかと槙島は腑に落ちるような落ちないようなめまいを覚えた。

 

高卒と同時に働き始めた槙島は両親のことを極力考えないようにしていたらしい。随分年齢の離れた妹がいきなり出来た驚きは残っていたけれども養育費は父の給料で十分賄えている。槙島は自分の仕事に打ち込むことで、急速に生活態度が乱れだらしなくなっていく父親のことを忘れようとしていたのかもしれない。ところがある日帰宅すると二人目の母親の姿が見えない。まだ幼い妹だけが家の中に残って積み木で遊んでいる。子を置いて出て行ったのだろうか。夜遅く家へ帰ってきた父親は槙島を呼びつけていう。明後日からまた新しい母親がやって来る、女の子を連れて来るのだがもう小学生なので心配しなくていいと。

 

槙島は父親の言葉に言いようのない違和感を覚えた。心配しなくていいとはどういう意味なのか。父親のことを極力気にかけないようにしているのは槙島のほうであって、ここまでだらしない態度を見せる父親からなぜ心配しなくていいというようなものの言い方をされなくてはいけないのか。むしろ家に帰ってきたりこなかったりの繰り返し。帰ってきたら帰ってきたで玄関へ倒れ込んでしまい部屋へ上がることができず槙島が父親の体をひきずってやっと居間へ放り込むように寝かせて毛布をかけてやる。先にやって来た妹はまだ幼くその子の食事の準備に近所の商店街を高校の学生服を着たまま駆けずり回り買い物して帰る日々が続いている。それをやっているのは槙島であって父親ではない。子育てしているのは槙島のほうで父親は何もやってくれない。それなのにどこをどう考えれば心配しなくていいなどという言葉が吐けるのか。こんな親にだけはなりたくない。仕事に打ち込んでいるつもりでも不意にむしゃくしゃと込み上げてくる憤りを抑えられそうにない時間が徐々に増えていく。

 

あんな父親にだけはなってたまるか。そう思えば思うほど父親のだらしない姿が頭に思い浮かぶ。真面目に仕事をしているのが我慢の度を越えて馬鹿らしく思えてくる。帰宅して妹たちの食事を作りちゃっちゃと済ませる。洗い物や洗濯はもうお手のものだ。さらに三人目の母親はまだ陽の高いうちから飲んでいるようでそれももしかしたら父親が好みで見つけてきた女性なのかもしれない。忘れよう、忘れたい、そう思いながら槙島はひとりで寝酒をあおる。飲めば飲むほど父親に似てくると思うたびに槙島はぞっとする。

 

ふたりの妹にはせめて高校だけでも出させておかないと、となぜか槙島は思う。自分も高卒だがそのくらいの学力さえあれば後はなんとかやっていける。日に日に大きくなるふたりの妹の姿を見ていると馬鹿な男にだけは決して引っかかるなと祈りにも似た気持ちがいつも湧き起こってくる。それと並行して槙島自身はすでにもっと手っ取り早く儲かる仕事を見つけていた。どんな仕事かというと左近が知っているように夜の繁華街で遊んでいる若い女性に酒を飲ませ返せそうにないほどの借金を背負わせ槙島が適当に割り振った店へ斡旋して訪れる男のサービスに従事させることだ。気づけばあれほど憎んだ父親と形は違うとはいえどこがどう違うのかよくわからない手段を用いて金を稼いでいた。屈折していると承知しているつもりだが世の中を回しているのは自分だという気持ちがどこかにある。

 

ところが一方何か割り切れないものが常に澱のように残る。その感覚がずっと消えてくれない。小指を落としても大腿骨を骨折しても消え失せるということがまるでない。とにかく嫌だ嫌だと思いながら今日まで来た。

 

「今後のことは、また、また考えたいと思います」

 

そう言って槙島は語り終えた。

 

こっそり左近が様子をうかがうと久世もチャも意外に平気そうな顔だ。以前から何度か聞かされている話なのだろう。もとより槙島自身が最も語り慣れているように見える。これまで何度も頭の中で繰り返し思い出し考えてきたことなのだろう。左近は自分のことをそんなふうに考えたことは一度もなく槙島のような育ち方をしてきたわけでもない。ではしかし、なぜ左近はここにいるのか。

 

チャが腰かけているのはミーティングの時に看護師が座る指定席らしい。しかし左近は久世や槙島と同じテーブルで繋がった席を与えられている。

 

(そんな馬鹿な。なんでおれと槙島とがおんなじなんだよ。おかしいじゃねえか---)

 

もう一度チャの顔をちらと振り向くがチャは顔色ひとつ変えずに次の患者の話に耳を傾けている。何かがおかしい。といって何がおかしいのか。そう思った途端、槙島の長女葵の声がふと頭をよぎった。すれ違いざまに左近の耳元でささやかれたあの嫌味。

 

「酔わせて売り飛ばすろくでもないクズ野郎」

Blog21・二代目タマ’s ライフ627

二〇二五年七月十九日(土)。

 

早朝(午前五時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

朝食(午前八時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

昼食(午後一時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

夕食(午後六時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

 

タマね、今日の飼い主の九十年代ノートレポート見たんだけど患者さん同士で土下座させるってほんとにそんなことあったの?

 

あったよ。三十年近く前のことでたまたま飼い主が入院してた時。アルコール病棟ってアルコールが抜けたらシラフじゃん。脳のCTスキャン画像見たらすぐわかるんだけど早い患者なら三十五歳くらいで脳萎縮が始まってるのが素人目にもわかるよ。毎日飲んできて止まらなくなったって人なら五十代で脳の真ん中に野太い稲妻みたいな空白ができて水が溜まってる。丸わかりなんだ。個人差はあるけど大抵は性格変わっちゃってる。高齢者になればなるほど。とはいっても人間の脳って今でも未解明の部分が多くてね、シラフになるともともと頭の回転が早い人はシラフに戻った頭使って患者どおしで世話し合う。けどべろんべろんに泥酔してるわけじゃなくて逆にまさしくシラフだって点で病棟の中でトップに立ちたがる人っているわけ。大手メーカーの部課長クラスとか有名大学出身者とか。もっとも全部が全部じゃなくて酒入ってた時よりずいぶん温厚な人柄に戻る人もこれまた多い。

 

飼い主が付けてた入院中の日記ではどうなってるのかな?

 

日記には付けてない。世の中が不況続きだったからそりゃあそういう人もいるよねって程度にしか感じなかった。で土下座の場面は今でもありありと覚えてるよ。今日上げたレポートでは看護師三年目のチャが談話室の前で偶然そういう会話を聞いてしまった形を取ってるんだけど飼い主はあの両者のやりとりを目の前で実際に見てる。先に談話室にいたのは飼い主だし。でね、押し入れから退院した人が残していった週刊誌とか文庫本とか取り出して眺めてたらその時の病棟のまとめ役っていうかリーダーっていうかその人がさ、サブリーダーを連れて入ってきて談話室の扉をぴしって閉めた。飼い主は知らん顔で週刊誌とか雑誌に目を落としてずっと下向いてるから何も見てないって形になるでしょ。そしたらあんな話が始まっちゃってサブリーダーやってる大男がね、当時は畳部屋だったんだけど、畳に頭擦り付けて土下座して謝罪した。飼い主はそれ目の前で見てた。

 

でも開放病棟だったんでしょ。基本的に朝七時から就寝時間過ぎても外のミーティング会場から帰ってくるまで入れれば午後十一時くらいまで外出できるわけだし、下手したら土下座させられて患者さんのほうがやけくそになって酒飲んだりしないのかな。

 

飲まない。リーダーシップ取りたがるって意味ではどっちもどっちのとこはあるよ。どっちにしても入院前はそれぞれの世界ではいっぱしの腕持ってるし面倒見もいいし頼りにできそうな感じで取り巻きもできる。で派閥みたいになったりすることがたまにある。たった三十人ほどの中でも。国内有数の大手家電メーカーの課長さんで五〇代くらいになるかならないかって人がサブリーダーやってる時だったかな、リーダーがいない時にリーダーが気にしてることをみんなが聞いてる廊下でしゃべってたんだ。後でそれ聞かされたリーダーがちょっと顔貸してって談話室に連れ込んで、まあ「てめえよ、おれがいない時に何か勝手なことしゃべってくれたらしいね?マス-コミじゃねえんだからさ、無職か無職でないとかで騒いで何か面白いのかな?人の将来がかかってるってわかってる?マス-コミ報道なんて被害者であろうが加害者であろうが無職だったらさんざん喚き倒して世間の偏見煽ってたいそう金儲けしてるだけじゃん。せっかく酒止めようと思って入院してんのにさ、あんな週刊誌とテレビのワイドショーくっ付けたみてえなのとおんなじことを面白おかしく話題にしてくれてよ、それでおれの将来ぶち壊しなったらてめえとその家族がおれの家食わせてくれるってのかよ。え?」、ってそんな感じかな。

 

ん~、確かにマス-コミってほとんど金儲けで無職者をどんどん追い込んでるってのは猫のタマにでもわかるんだけど。当時はひどかったんだ。

 

いやいや今はもっとひどい。外国人労働者就職氷河期世代で無職になってずっと生活苦にあえいでる人って激増たよね。なんの落ち度もないのに。ネットの普及でデマだらけのSNS動画ばんばん流してる参政党ってあるでしょ。マス-コミじゃ「保守の受け皿」になるかもとかいい加減この上ない暴言言い放ってるけど保守でも何でもない昔からあるれっきとしたカルト団体でセックス教団の単なるフロント。セックス教団って言ってもIQの高い美男美女ばかり掻き集めて乱行させてどんどん子どもを産ませてヘブライ原理主義に基づく優等民族の頂点に立とうってわけのわからない売り文句で商売してるだけ。統一教会がここんとこ落ち目なんでその隙に出てきた。

 

もっとひどいってニュース見ててわかるの?

 

そりゃ飼い主が学生時代の時からキャンパスのあちこちをうろうろしてた連中なんで知ってる人はとっくに知ってる。でも日本のマス-コミはなかなか表立って批判できない。戦時中ナチスに加担した反省から世界中でナチズムと純血主義の危険性を説いたテレビ特集や映画や書籍でさんざん儲けさせてもらってるから、今になって今度はイスラエル-ユダヤロビーがナチスにまさるとも劣らないヘブライ原理主義と純血主義と優生思想で世界を支配しようとしてるってなかなか言いにくいわけだよ。随分儲けたから。ナチスの大量虐殺と今のイスラエル-ユダヤロビーが純血主義と優生思想に基づく大量虐殺で同じことやって世界支配をめざしてる、そのフロントが参政党だなんて、ユダヤロビーが支配するヨーロッパからの移民大国アメリカのコバンザメ日本のマス-コミに言えるわけないじゃん。戦後八〇年近くもナチス物のニュースや書籍でたんまり儲けさせてもらってきた立場でさ。

 

行くところまで行っちゃうのかな、日本。

 

ある程度は行くだろうなあ。でもあの種のカルトがバックに付いてるったって参政党のどこにもアキレス腱がないなんてことは全然ない。幾つもあるよ。誰もが知るカルトってことがまずアキレス腱だよね。で、日本の政治に食い込んでくるとする。けど有名になればなるほどかつての悪事がどばどば暴露される。すると今度はカルトじゃないと連呼しなきゃならなくなる。それでも追い詰められれば元カルトかもって話でネットがまたわいわい盛り上がる。言葉ってのは常に逆説的なもんでね、カルトじゃないんなら元カルト?って話も出てくる。そこで例えばだよ、元暴力団員で大腿骨骨折して組に戻ろうとしても体潰れてるから相手にされないしおそらく死んでしまうほか居場所を失くしかけてる槙島って今回の連載で出てきてるでしょ。あのタイプも実は社会へ放り出されると極めて弱い。

 

どういうこと?

 

談話室で病棟のリーダーやってる久世が元暴力団員の槙島に土下座させてるところをノンフクション風のレポートにして上げたでしょ、今日は。土下座で済んでるよね、大人の世界だからその場で決したことはもう次の瞬間からちゃらになってごくふつうに忘れて生きていくってある意味当たり前。少なくとも九〇年代一杯まではそれができて始めて大人だし現実社会ってのは常にそうだった。で参政党も有名になればなるほどいずれ元カルトだってのが週刊誌やネットのSNSで話題になる。カルト被害者って日本中に溢れかえるほどいるしね。となってくると被害者団体にじわじわ包囲された元カルトは頼るところがだいたい決まってくるんだ。で、今日再び出てきた久世がなんであんなに大きな態度を取れるのかってちょっと考えて欲しい。こんなふうになるかな。

 

「元暴力団員だからっていい気になってんじゃねえよ。むしろ行くところ他にどこにもねえってのはわかるよね?てめえみたいのがカタギのおれに後から何か仕返しでもしようもんなら警察にいうよ?そしたらてめえ、その体でまた務所入ってどうすんだよ。作業ひとつまともにできねえそんな体でよ。暴力団に嫌がらせされて店潰されたり総合病院の個室で暴力団員に無理やり強姦された若い看護師の親とか周囲にそりゃあひでえ噂流されて住むとこ失くして嫌な仕事も引き受けながらだんだん借金漬けにされて犯罪に手を染めてしまい務所行きになってさ、腹の底から刃物でめった刺しに殺してやりてえって思ってる受刑者が全国にどれほどいるか、まるで知らねえてめえじゃねえだろ、あ?」ってことだね。参政党のバックにいる「キリストの幕屋」とか「ヤマト・イスラエル友好協会」ってのは被害者から見ればそんなふうな恨まれ方してる。そっくりだね。

 

タマ、もう寝る~。

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Blog21・退院後リハビリ創作(1998~1999.長岡京市在住時代)

落ちない肌(9)

 

チャは勤務を終えて帰宅すると日記をつける。いつ頃から始めてどのあたりで癖になったのかもう忘れてしまっているほど手慣れた作業だがこの病院へ勤めるようになり三年近く経ったあたりから文章に行き詰まるようになった。気分が乗らなかったり体調がよくなかったりという日ならたった二、三行程度のメモでいいわけだが、それまでは書き終えた後に必ずといっていいほどあった一日の達成感というのが感じられない。途中で言葉に詰まるようになったのも気にかかる。本当にこれでいいのだろうか。誰にも見せたことのない大切な日記の中だけでも自分の一日に嘘なんてひとつもなかったと言い切れるだろうか。胸のうちをこれまでにない動揺の翳が蠢く。

 

仕事とプライベートとの気持ちの切り換えならそれまで簡単にできていた。物心ついて少しずつ身に付けてきた言葉を紡ぎ合わせ組み合わせれば日記になったし日記になったと思った瞬間、その日も無事に一日を終えられたと肩の荷が降りるというよりすっと消えていくような爽やかな想いとともに充実感を覚えもする。それが病院勤務三年目に入りこれからという時になって逆にもしかしたらひどく軽率な言葉ばかりで埋めてきてそれで乗り切ってきたつもりになっていただけだったのではと得体のしれない不安がよぎる。もっとも不安がよぎるだけなら誰にでも時折あることで必要以上に気にかけると仕事が疎かになってしまい危険だということは十分承知している。けれどもこれまで二十五年以上続けて随分慣れているはずの日記の言葉が上手く繋がらなくなってきたというのはチャにすれば生まれて始めてのことだ。医療従事者としてはショックでもある。そこでこの病棟の主治医のひとりである高木に頼んで一度時間を取ってもらうことにした。

 

「体調がおもわしくなくて日記が書けないというよりその逆でこれまでずっと続けてきた日記が思うように書けなくなってきたんで不意に気分が落ち込んだりする時間が目立って気になるようになってきたってことですね?それが不安だと」

 

「言われてみればそうかもしれません、そんな感じです」

 

「仕事中はどうですか。例えば申し送りの途中に他のこと考えてしまったりとか」

 

「それは今のところないです。集中できてると思います」

 

「夜はよく眠れてますか。特に日記の言葉がどうも上手く締め括れなくて気分がすっきりしない時とか」

 

「眠れる時もあればなかなか眠れない時もあります」

 

「なかなか寝れない時の朝はどんな感じです?どっちかっていうと鬱っぽいとかですか」

 

「鬱っぽいというか毎朝珈琲飲むと目が覚めるので」

 

「珈琲なしだと気分落ち込みますかね」

 

「それは多分あるかな、と」

 

「じゃあねチャさん。寝る前のお薬、これまで眠剤は使ってないってことで抗不安薬でしたね」

 

ソラナックスです」

 

「うん。一度レキソタン出しましょう。眠前に二週間ぶん。それでしばらく様子を見てください」

 

高木はカルテをチャに手渡すと診察室の窓の外へ目をやる。日当たりのいい公園の緑が見える。そんな日はふだんなら何人かの患者が公園のベンチでくつろぐ姿がちらほら見えるのだが今日の日中は三十五度を超えているらしく誰もいない。業者の車がときどき前を通り過ぎていくが人間はというとバス停のベンチでバスを待つ人がひとりハンカチでしきりに汗を拭っているばかりだ。

 

「僕は日記ってあんまり付けたことないんですよ」

 

いつもの飄々とした口調に戻ってそう高木はいう。

 

「そうなんですか?」

 

「そうなんです。学校の夏休みの宿題くらいかな。日記付けた記憶って」

 

チャはなんと答えたらいいのかとっさに上手い言葉が出てこない。もちろん医者だからといって子どもの頃から延々日記を付け続けないといけないなどという法律や決まりがあるわけではない。

 

「二十五年ですか。小学生の頃からでしょう。義務でも授業でもないとなると続けるのって僕にはなかなか」

 

「癖なんです。一日のことを簡略にまとめて締め括ることができると落ち着くといいますか、すっきりしたあ、今日もやったぞおって」

 

「それいいですよね。僕にもそういうのがあればなあと思いますよ」

 

外で昼を済ませ病棟の詰所へ戻るとチャはその日の午後から院内ミーティングに顔を出す予定だ。つい昨日六人の相部屋へ移ったばかりの左近の様子も見ておかないといけない。

 

相部屋へ移る前の左近はほぼ毎晩幻聴に苛まれていた。苛まれるだけなら決して珍しくない。だが一度うなされ出したかと思うと声のトーンがかなりはっきりしてくる。「死ね」とか「死ぬ」とか「殺してやる」とか「やめてくれ」とかの動詞はよく聞き取れる一方主語が誰なのか、単数なのか複数なのかそれとも不特定多数の世間なのか、まるではっきりしない。時おり全世界を敵に回していると訴えるケースもあるがそれは比較的わかりやすい幻聴で頭から否定してしまうようなことを簡単に口にしたりせず幻聴が消えるのを待っていればさほど日にちの経たないうちにどこかへ嘘のように消えてしまう。かといって高齢患者でしばしば見られる妄想の独語ともまた異なる。どちらがどうと決めるのはチャではなく主治医なのでチャはそこまで深く関知する必要はない。他の患者の看護も何人か担当している。左近にばかり気を取られるわけにもいかない。

 

それに去年一昨年あたりから入院を希望する患者が次から次へと増えてきたと先輩看護師らはいう。チャがこの職場へ入ったちょうどその頃かららしいが話を聞いているとバブルがぽしゃって失敗した人たちが多くを占めるようだ。さらに低年齢化と高学歴化の傾向。女性患者の急増もまた懸念されているがそれはそれでアルコール・薬物だけでなく家庭内暴力が生じる構造を含むもっと広い見地から見る必要があると言われておりチャ自身もただ単に看護師資格を持っているというだけでなく勉強できる時間があればしていかないとと慌ただしさの増した空気は確かにある。

 

そろそろかなと思い院内ミーティング・ルームへ赴こうと廊下を歩いて談話室の前を通るといつも開けっぱなしの談話室のドアが閉まっている。中から久世と槙島の声が洩れて聞こえてきた。久世は三十代でまだ若い方だが二度目の入院でルーティンに慣れていることもあり患者仲間のまとめ役を任されている。左近が相部屋へ移った時に緊張を解きほぐしながら部屋の使い方を説明してやった久世は視野が広く面倒見がいい。まとめ役に向いていると退院した前任者から指名された。久世も槙島もそろそろミーティング・ルームへ行かないといけないのにどうしたんだろうとチャは思う。ドアの外へ洩れてくる久世の声のトーンはいつもと違う。

 

「槙島さん。今日の午前中ね、僕がエコー検査行ってる時に何してた?」

 

「何もしてません」

 

「僕のこと、何か言ってませんでしたか。退院したら仕事があるとかないとか」

 

「久世さんは仕事持ってる人だって話はしましたが」

 

「そういうの余計なんですよ」

 

「はあ」

 

「はあ?」

 

「はい」

 

「で?」

 

「すいませんでした」

 

「椅子に座ったまま、それで謝ってるつもりですか?」

 

ガタっと椅子が動きテーブルにぶつかる音が響く。ひとりが床へもぞもぞとうずくまる様子が見えてきそうだ。

 

「わたしが間違ってました。申し訳ありませんでした」

 

土下座?床に土下座させてるの?久世さんが槙島さんを?

 

談話室からふたりの出てくる気配を感じたチャは立ち聞きしたなどと思われてはいけないとはたと我に帰り詰所のほうから急いで通りかかったふりを見せる。

 

「ああチャさんですか。僕らもこれからミーティング・ルームへ行くところだったんです。ここで打ち合わせてまして。一緒に行きませんか?」

 

にこにこと晴れやかな笑顔で久世がいう。その後ろから出てきた槙島は杖を持ち直しながら何事もなかった表情で久世の言葉に合わせて少しうなずいて見せる。

 

「あたし早めに行こうと思ってたんだけどお昼ちょっと遅くなっちゃって。もうみんな先に行ったかな?」

 

「ええ、あとは僕らだけだと思います」

 

「昨日こっちへ移った左近さんは―」

 

「特になんともない感じですよ。点滴受けてるとおとなしいし。そのあいだはよく寝てるみたいだし」

 

「そうですか。よかったあ。ともかくもう時間だし、じゃ一緒に行きましょう」

 

チャは三人で廊下を歩きながら思う。久世と槙島の会話はふだんのやりとりに戻っている。もう冗談まで出てくる。ついさっき談話室で何があったか周囲から見れば何もわからない。久世も槙島も左近も主治医は高木だ。その高木に無理を言って午前中の診察の最後にチャが話を聞いてもらった。この四人のカルテの文章を書くのは高木なのだがその意味をどんなふうに理解しているか、理解すべきか、知っているのは高木ひとり。しかし談話室の前で洩れ聞こえてきたふたりのやりとりを聞いてしまった以上、高木に話さないわけにはいかない気がする。後でもしトラブルになった時なぜもっと早く言っておかなかったのかと責められるのはチャだ。かといって申し送りの際に詰所で他の看護師全員に伝えておくのはこれまたどうかと迷いが生じる。共有しておくべきは共有すべきだ。ベテランならそんなのたまにあることだという話で済むかもしれない。気にしなくたって患者の回転は早いししばらく経たないうちに空気なんてすぐ変わる。だと思いはするもののチャはこの病棟勤務になってもう三年。驚くようなことはほとんどなくなった。とはいえさすがに土下座なんて一度も聞いたことがない。

 

(いけない。切り換えないと―)

 

「どうかしましたかチャさん」

 

久世はいつものにこにこした顔で声をかけてくれる。槙島も別になんということもない顔で振り向く。

 

「どうもしてないですよお」

 

そう言ってチャはかれらの後ろに付いてミーティング・ルームへ入った。

Blog21・二代目タマ’s ライフ626

二〇二五年七月十八日(金)。

 

早朝(午前五時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

朝食(午前八時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

昼食(午後一時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

夕食(午後六時)。ピュリナワン(成猫用)とヒルズ(腸内バイオーム)の混合適量。

 

 

タマね、今日も飼い主の九十年代ノートレポート見たよ。今回は橘って人が出てきてる。なかなかわかりずらいタイプだと思った。

 

飼い主もあるミーティングで葵のモデルになってる女性からこういう人が顧客の中にいるんだけどって始めて話聞いた時はあんまりぴんとこなかった。その後だね、飼い主がこっちへ引っ越してしばらくしたらLGBTの話題がようやく現代思想や医学の世界で取り上げられるようになってきて、今思えば当てはまるなあと思った。橘は身体が男性で性自認は女性でさらに恋愛感情や性的欲望は女性へ向かうってタイプ。単純なゲイじゃない。大企業の支店の部課長クラスの中にはたまにそういう人がいたんだ。特に大企業じゃなくて全体的にみても0.3パーセントくらいの割合かな。

 

葵にしたらお店の上客だから日記渡されたらそれに返事書くんでしょ?商売ってこともあるし。なんて書くの?

 

人間やってりゃいろんなことあるよねって感覚で、橘もちょっと変わった感じのお客のひとりなのかあと割り切って、ある程度相手の気持ちに寄り添いながらね、お話しのやりとりを続けていきたいですねって調子かな。放っておくとともすればふらっとどこかへ消えてって二度とこの世へ戻ってきそうにない感じが漂ってる橘の話し相手やってた。その後どうなったかは知らないけど。

 

それじゃあ葵は親兄弟だけじゃなくて自分はキャバクラで働きながら橘のケアもしてたってこと?

 

結果的にそうなるね。

 

ふ~ん。あ、それと葵が暑中見舞いってテーマで昔の体験談語るシーン。まるでギャグ漫画みたい。

 

いやいや、まだ高校生の頃の話だろ?ふざけてるようで結構あったんだ、ああいう会話。九十年代半ばくらいまではね。面会は面会だけど一般の病院だとお見舞いに来たよ~って感じかな。女子生徒の知らないところで男子が勝手に殴り合ったとかおれの女に何してくれてんだ、落とし前つけろとかって平気で言ってる男子はまあ七十年代からすでに中高生の間ではよくある話だった。

 

男子が勝手に言い争ってるだけなら葵のような女子がわざわざ見舞いに行くことないんじゃないの?

 

ないね。でも見舞いのひとつでも行かなきゃって考えてしまうのが葵の葵たるところでね、それは父親の槙島がひど過ぎて弟らを食わせていかないとって使命感にいつも付きまとわれてたからということだけじゃないんだよ。父親の槙島にも父親がいてたわけでさ、それが少年時代の槙島にとっては生涯癒えそうにない無惨なまでの精神的ダメージを与えてた。その話は近いうちに槙島自身の体験談の中に出てくる。

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