Hakurokin’s 縁側生活

アルコール依存症/うつ病/リハビリブログ

Blog21・アルベルチーヌの存在と不在/置き換え可能な<情報>という問題

<諸断片>への無限の分割と置き換えとについて述べた。プルーストは<私>にその手品をやらせて見せている。

 

「私は、一方で、シャルリュス氏からヴァントゥイユ嬢とその女友だちの来訪にかんする情報を得ておきたかった。その情報を手に入れるために、私はアルベルチーヌのそばを離れる決心をしたからである」(プルースト失われた時を求めて11・第五篇・二・P.219~220」岩波文庫 二〇一七年)

 

アルベルチーヌの存在は、アルベルチーヌに関する、「ヴァントゥイユ嬢とその女友だちの来訪にかんする情報」へ置き換えられて生きながらえている。アルベルチーヌはサロンに出席していない。部屋に閉じこめられたままだ。そんな不在にもかかわらず<情報>へ<置き換え>られてすぐそばに存在している。言語化とともに出現する。

 

古代ギリシャを通して見えてくる事情はもう引いたけれども、罪をかぶる対象としての「神々」が必要になるのは、罰の観念がすでにあったから。にしても、類としての人間を罰することが不可能に見える際、わざわざ「神々」を刑罰対象へ置き換え押し貫く作業が不可欠になったというのが事実に近いのだろう。

 

「『愚かさ』・『無分別』・少しばかりの『頭の狂い』、これだけは最も強く、最も勇敢な時代のギリシア人といえども、多くの凶事や災厄の原因として《許した》ーーー愚かさであって、罪では《ない》のだ!諸君にはそれがわかるかーーーしかしこの頭の狂いすらも一つの問題であったーーー『そうだ、そんなことが一体どうして可能なのか。それは一体どこから来たのか。《われわれ》高貴な素性(すじょう)の人間、幸福な人間、育ちのよい人間、最もよい社会の人間、貴族的な人間、有徳な人間のもっているような頭に?』ーーー数世紀にわたってあの高貴なギリシア人は、自分の仲間の一人が犯した合点の行かぬような悪虐無道に面する度ごとにそう自問した。『きっと《神》が瞞(だま)したのに違いない』とついに彼は頭を振りながら自分に言ったーーーこの遁辞はギリシア人にとって《典型的なもの》だーーーこのように当時の神々は、人間を凶事においてさえもある程度まで弁護するに役立った。すなわち、神々は悪の原因として役立ったーーー当時の神々は罰を身に引き受けないで、むしろ《より高貴なもの》を、すなわち罪を身に引き受けたのだ」(ニーチェ道徳の系譜・第二論文・二三・P.113」岩波文庫 一九四〇年)

 

発明としては便利なものだ。<神>がまだ中心でいられた遥か彼方の時代。中心というものは大抵の場合、中身の空虚さゆえに何でもかんでも呑み込んでしまえるように出来ている。現代思想の「いろは」に従えば。便利だけれども<罪と罰>という観念を一つにまとめて合体させてしまったため、後になって、慌ててそうせざるを得なくなったという不可避的事情が生じて恐れおののいたという事情をも窺わせる。この種の等価性の出現についてニーチェはそれを「恐らく今日では根絶できない」とお手上げ状態な社会状況を率直に述べている。

 

「人間歴史の極めて長い期間を通じて、悪事の主謀者にその行為の責任を負わせるという《理由》から刑罰が加えられたことは《なかった》し、従って責任者のみが罰せられるべきだという前提のもとに刑罰が行われたことも《なかった》。ーーーむしろ、今日なお両親が子供を罰する場合に見られるように、加害者に対して発せられる被害についての怒りから刑罰は行なわれたのだ。ーーーしかしこの怒りは、すべての損害にはどこかにそれぞれその《等価物》があり、従って実際にーーー加害者に《苦痛》を与えるという手段によってであれーーーその報復が可能である、という思想によって制限せられ変様せられた。ーーーこの極めて古い、深く根を張った、恐らく今日では根絶できない思想、すなわち損害と苦痛との等価という思想は、どこからその力を得てきたのであるか。私はその起源が《債権者》と《債務者》との間の契約関係のうちにあることをすでに洩らした。そしてこの契約関係は、およそ『権利主体』なるものの存在と同じ古さをもつものであり、しかもこの『権利主体』の概念はまた、売買や交換や取引や交易というような種々の根本形式に還元せられるのだ」(ニーチェ道徳の系譜・第二論文・P.70」岩波文庫 一九四〇年)

 

では<罪>とは何なのだろうか。二箇所。

 

(1)「外へ向けて放出されないすべての本能は《内へ向けられる》ーーー私が人間の《内面化》と呼ぶところのものはこれである。後に人間の『魂』と呼ばれるようになったものは、このようにして初めて人間に生じてくる。当初は二枚の皮の間に張られたみたいに薄いものだったあの内的世界の全体は、人間の外への放(は)け口が《堰き止められて》しまうと、それだけいよいよ分化し拡大して、深さと広さとを得てきた。国家的体制が古い自由の諸本能から自己を防衛するために築いたあの恐るべき防堡ーーーわけても刑罰がこの防堡の一つだーーーは、粗野で自由で漂泊的な人間のあの諸本能に悉く廻れ右をさせ、それらを《人間自身の方へ》向かわせた。敵意・残忍、迫害や襲撃や変革や破壊の悦び、ーーーこれらの本能がすべてその所有者の方へ向きを変えること、《これこそ》『良心の疚しさ』の起源である」(ニーチェ道徳の系譜・第二論文・十六・P.99」岩波文庫 一九四〇年)

 

(2)「《死刑》。ーーーどんな死刑も殺人よりもっとわれわれの感情を傷つけるのはどういうわけであろうか?それは裁判官の冷酷さ、たえがたい準備、その他の人をおどろかすためにここでひとりの人間が手段として利用されるのだという洞察、である。なぜなら、かりに或る罪が存在するにしても、その罪が罰せられるのではないからである。罪は教育者・両親・環境に、われわれにあって、殺人者にはないからであるーーーわたしのいうのはそうさせる事情のことである」(ニーチェ「人間的、あまりに人間的1・七〇・P.100~101」ちくま学芸文庫 一九九四年)

 

振り返ってみるだけでなく、ここ数年、どんどん接合され拡張されてきた、種々の戦争(ウクライナのみならず)に関わる人々とその動機の怪しさへ、思考を進めてみるのも悪くないと思われる。もっぱら<合法的死刑>競争へ突き進み競い合ってさえいる人々がいるため。

 

「《開戦理由とそのたぐい》。ーーー隣国と戦争をやろうとすっかり決心して、これになにか《開戦理由》をみつけだす君主は、自分の子どもの母親をすりかえて、それをそのさきは母親と思わせようとする父親のようなものである。そしてわれわれの行為の公に披露された動機はほとんどすべてそのようなすりかえられた母親ではないのか?」(ニーチェ「人間的、あまりに人間的1・五九六・P.460」ちくま学芸文庫 一九九四年)

 

という観点に立ってみれば、儲かるのは武器商人ばかりで一般市民にとっては余りにも割に合わない。

 

さて、思いきって切り出した<私>。シャルリュスはいう。

 

「『お話しの途中で失礼ですが』と私は、気がかりな話題にシャルリュス氏をひき入れようとして言った、『さきほど作曲家のお嬢さんが来るはずだったとおっしゃいましたね。いらしていたら私もずいぶん関心を寄せたでしょうが、やはりいらっしゃる予定だったのでしょうか?』『さあ、それは知りませんな』」(プルースト失われた時を求めて11・第五篇・二・P.224」岩波文庫 二〇一七年)

 

シャルリュスは耄碌し始めたのだろうか。それともそんな身振りを気取っているに過ぎないのだろうか。両方だと言ってしまえばそこでシャルリュスの出番は終わってしまう。プルーストは終わらせない。もっと引き延ばしつつさらけ出させていく。

 

と同時に、「えっ」と、びっくりさせられる報道があった。引き延ばしという方法がまた採用されてしまった。「統一教会」問題。先日のこと。地位も名誉もお金もあり余っている様子の政治家の会見。なぜ記者会見という方法を取らなかったのだろう。というのも、「中へ記者を入れろ」というわけではまるでなく、「中へ記者を入れない」ことで、どんな記者であろうと、何一つ「見た・聞いた」と言わなくてもほぼ差し支えない立場へ「逃してやった」形になったからである。「さあ、それは知りませんな」というふうに。だが、この問題は、引き延ばせば引き延ばすほど、冪乗式に被害者が増殖していく。どこかで複数の人間がせっせと罰されねばならず、じっくり罰されねばならず、とくと罰されねばならず、罰されねば収まるものも収まらないに違いない。なおここでは二世三世問題について、二〇〇〇年代に入って以後も何度かすでに指摘済み。