よこがお(下)
いま、手元に、美由紀が付けていた日記の最後のページがある。ほかのページよりも文章が長い。乱れてもいる。だがそのことが、かえって幾らかの手がかりになるかもしれない。
―学校に通っていたのもギター教室に通っていたのも家にいたくなかったから。お父さんとお母さんはいつも喧嘩ばかり。ひどかった。
おじいちゃんは早くに死んで、わたしはおばあちゃんに育てられたようなもの。おばあちゃんはわたしにとてもやさしかった。休みの日には動物園や水族館へ連れて行ってくれた。図書館を教えてくれたのもおばあちゃん。
高校を出て看護専門学校へ進んだ理由はそれほどむつかしくない。大好きなおばあちゃんはわたしが小学校最後の夏休みに突然死んじゃった。ずいぶん泣いた。何度も泣いた。泣いたけど、泣いているうちに中学校に入らなきゃってなってて、入ったんだ。家にいたくなかったし。わたしが子どもの頃は来る日も来る日もみじめだったけど、高校の途中くらいからかな、生まれてくる子どもの顔を見るのは好きになってた。
ギター教室は中学に入ってしばらくしてから。いつも心にかけてくれてた小学校時代の先生から紹介してもらった。
看護学校の休みの日。その小学校の前を通った。五月の連休行事みたいなのやってた。ひさしぶりに覗いてみようと思って中に入った。門をくぐって校庭に出ると日差しが増したように思うのはその時も変わらなかったな。でも連休行事って一体何がしたかったのか、今もわからない。
この春入学したらしい一年生とその母親のペアが百五十組くらいあった。母親たちの衣装はどれも同じで白いブラウスに黒いタイトスカート。揃えているのは多分登場するからでしょう。
大きなスピーカーから教師の指示が響き渡る。一年生とその母親たちは校庭いっぱいに広がり楕円形を描いて整列。ミドルテンポの音楽がスタート。
校庭の一角に設けられた保護者向け観覧席には携帯ビデオカメラを抱えた父親たちの群れ。
大きなスピーカーからはやさしげな声で号令がかかる。
「お母さん方、子供たちの声に耳を傾けてあげましょう」
子供たちに耳を傾けるポーズを取る若い母親たち。一斉に突き出された百五十の腰。観覧席の携帯ビデオカメラがどよめく。五十台はあるでしょう。いまにもはちきれんばかりの肉をぴっちり包み込む黒いタイトスカートが百五十。母子のペアは少しずつダンスしながら場所を入れ換えていく。そのたびに大きなスピーカーがやさしくもけたたましく呼びかける。
「お母さん方、子供たちの声に耳を傾けてあげましょう」
その繰り返し。容赦なく降りそそぎ照らしあげる五月の太陽。ようやく校庭を一周。若い母親たちが否応なく突き出す黒いタイトスカートのはちきれんばかりの百五十の尻。ブラウスも汗でびっしょり。体の線はほとんどすべて透けて見える。わたしはめまいで倒れそうになる。よく堪えたものだと自分で感心する。
すべての携帯ビデオカメラに収められた、それはそれは淫靡な思い出。思い出づくり?まさかね。校門には「不審者に注意!」と書かれてあった。じゃあ、今のダンスはなんなのって。どよめきながらビデオ撮影に集中していた保護者たちの群れはなんなの?
わたしは看護学校を出ると病院勤務になるのかな。結婚してもしなくても。子どもを産んでも産まなくても。