Hakurokin’s 縁側生活

アルコール依存症/うつ病/リハビリブログ

Blog21・退院後リハビリ創作(1998~1999.長岡京市在住時代)

落ちない肌(34)

 

入院中の女性アルコール依存症者の単独での夜間外出は原則不可。身内の葬儀出席でさえ男性患者なら外出は一泊に限るとはいえ許可されるわけだが女性の場合は一泊すら許されずなおかつ医療スタッフの付き添いが必要。

 

厳格過ぎるかもしれない。しかしそれは女性を取り巻く社会的因習を原因とする陰湿この上ない数々の罠を回避するための配慮であり医療スタッフ間では共有されているものの患者が一歩外に出れば悪意はいつもすぐそこにある。さらに悪意の側に加担しているということに気づいていない市民ならもうそこらじゅうに溢れかえっている。

 

粘り強い取り組みが必要だと言われる。日本社会の構造的な諸問題だけでなく市民レベルでどこまで理解が得られるかという気の遠くなるような課題と向き合っていかねばならないことに対してともすれば医療スタッフの中でも気持ちが折れそうになる人間がしばしば出てくる事態とも関連する。しかし市民レベルでどこまで理解が得られるかという課題について気が遠くなりそうに感じ取ることができるというのはとりもなおさず問題の根深さに気づいている証拠であり否定的に考える必要はまるでない。

 

入院中のすだちの希望を汲み取る形での決定。昼のミーティングに限り、また三人以上のグループで参加できるのなら推奨するという判断。三人以上でのグループ行動が取れない場合、例えば当事者ふたりしかミーティング参加希望者が集まらない日は最低ひとりの医療スタッフの付き添いを必要としその条件を満たす限りで参加が許される。

 

男性患者と比較すればあまりにも違いすぎる行動制限。看護師のチャや初瀬は病院の外が女性にとってどれほどどろどろした暗澹たる世界なのかつくづく思い知らされる。女性患者の目の前には殺伐とした光景が広がっているか、さもなければどこまで行っても色褪せた廃墟ばかり打ち続いているとしか思えないのかもしれない。

 

すだちのミーティング参加条件を知らされて二、三日後。

 

出勤したばかりの詰所がどこか慌ただしい。チャはなんだろうと話に加わると元生徒会長とか脅迫とかライターとかいう言葉が飛び交っている。チャの顔を見た初瀬が寄って来て説明してくれる。

 

「元生徒会長、高校生の時に生徒会長やってたことであだ名でそう呼ばれてる患者さん。二号室の」

 

「何かしたの?されたの?」

 

「した。安芸の病院からここ紹介されてはるばるやって来た三号室の若い男子に」

 

「何したって?」

 

「夜中だったらしい。元生徒会長とその取り巻きが若男子の部屋に入ってきてライターをちかちかさせながら何でおれの言うこと聞けないんだ、布団に火を付けられてもいいのかって迫ったみたい」

 

「それで?」

 

「詰所は夜中もずっと開いてんだけど、詰所の人間通さないで手前の公衆電話から一一〇番した。病院で脅されたって」

 

「警察来たの?」

 

「来た。来たんだけど今日は高木先生が朝から出勤なんで警察対応はやってくれて、問題はこちらで処理できるんで引き取ってもらったって。で今は元生徒会長と若男子のふたりを同じ病棟に置いとくなんてできるわけないから、ふたりとも気持ちが落ち着くまでどちらか一方を自宅待機させると」

 

「自宅待機って、若男子、安芸の病院まで送り返すわけにいかないじゃん。何百キロもある。途中でどっか行っちゃう。そもそもこちらで責任持って預かるって話だし」

 

「元生徒会長なら自宅は市内。ついさっき男性看護師が車で家へ送ってったばかり」

 

「他の患者さん変に動揺してないかな。院内ミーティング明後日だけど。警察来たとこ見た人いるでしょ」

 

「それね、警察は直接病棟に入ってないんだ。本館の受付で止めてもらえてたんで。でも脅迫騒ぎ自体は目の前で見てる患者さん何人かいてる。若男子と同じ三号室の人ら。かなりびびってる」

 

すっと声を落として初瀬はチャの耳元でいう。

 

「びびってる患者さんに聞いたんだけど。まあ病棟のまとめ役としてはちょっとねちっこい嫌味な感じは持ってたようだ。でもまさかあそこまでやるとはって」

 

「元生徒会長、ライターちかちかやって見せたってほんとなの?」

 

「ほんと。点けたり消したりしながら若男子の顔まで近づけたみたい」

 

元生徒会長、元PTA会長、元町内会長経験者などでしばしば顕著に見られる傾向。いつも周囲から顔を立てられていないと我慢できない。なかなか言うことを聞かない人間がそばにいるといらいらしてくる。いらいらが昂じると主治医や看護師に相談せず一部の仲間と騙り合って脅迫行為も辞さない。もし暴言を吐かれたり差別的侮辱を受けて耐えられないという話ならそれを主治医なり看護師なりに伝えればいい。たとえ上手く伝わらなかったとしても、だからといって、夜中の脅迫行為へ至るまでは距離があるように思えなくはない。

 

元優等生に多い傾向だがすべての優等生がそうだというわけでは無論なく、大人になると世の中そこまで簡単に動くわけがないと通例なら身に付いてくる。それがアルコール・薬物依存の場合、シラフで身につける機会を失った状態がつづき感覚が子どものまま温存されてしまい、対人関係におけるコミュニケーションの取り方がいつまで経ってもあまりに幼いというケースがまま見られる。

 

チャは思う。明後日の院内ミーティングはできる限り落ち着いた空気を取り戻して進行させないといけない。一日置けばそれなりに収まるはずだ。他の患者は他の患者で自分自身が抱えている混み入った事情があるため人のことにばかりかまっていられない。

 

その通り、他の患者は他人のことより自分のことで精一杯な事情を幾つも抱え持っているわけでいつまでも野次馬めいた態度を取っている暇はない。一日のあいだでそれぞれ体を休めたり考えたりしないといけないことがたくさんある。さらに院内作業や学習会も入っており他の患者同士のいがみ合いにそうそう付き合ってもいられない。

 

チャや初瀬が思っていた以上に明後日の院内ミーティングは滞りなく終わった。正直ほっとする。外来診察日でもありその後でキロと上村のコンビも顔を出した。

 

「チャさん、聞きましたよ。昨日たまたま行ったミーティングで元生徒会長だっけ?来て話してました。自宅待機中なんだって」

 

「話してました?キロさん聴いてきたのかな」

 

「先生に言われたらしいですね。君はわるくないって。そりゃ言えませんよね。お前がわるいなんて言っちゃったら頭にきてすぐ飲むのわかりきってる。頭にこなくても飲む口実をわざわざ手渡すようなもんでしょ。それよりシラフの頭で、なんでそういう手段に出てしまったのか、考えさせる猶予を与えたんじゃないかな。本人にしても内心ではなぜこういう手段使ってしまったのかって悔しさがあるだろうし。自宅待機ってのも元生徒会長がいたら他の患者がびびっちゃって遠慮してせっかくのミーティングや学習会での発言が萎縮し始めたりしたら無意味になる」

 

「ミーティングの雰囲気どうでした?他の参加者さんたち気にしてたかな」

 

「たったひと晩のうちにもう話は広がってたみたいですよ。知らない人いなかった。気にするしない以前」

 

「以前というのは―」

 

「スキャンダルなら何でも飛びついて騒ぎ立てる人ってわんさといるから。けど、患者にしろ患者家族にしろお互い助け合っていこうという人ならどのミーティングでも少なからずいるわけで、会場の雰囲気はいいともよくないともどちらとも言いがたい」

 

「―本人さんどんな感じだったかな。落ち込んだりとかは」

 

「落ち込む落ち込まないじゃないなあ、多分。チャさんは病棟で見ててどんなふうに思ってるかわからないんだけど。ひと言ひと言、ひと区切りひと区切り、話すたびにいちいち周囲の同意を取り付けながらしゃべるタイプ。元生徒会長ってあだ名付いたのはわかる。よく言えば優等生、別の言葉使えば巧妙」

 

「んん~」

 

「病気治療の現場であんなことやったら特段の理由がない限り行くとこなくなりますよ。元暴力団員でも頭にきたからってそこまでやらない。警察が受付で止まったのもこれまでの病院と退院後の患者の実績の積み重ね、開放病棟始まって二〇年以上になるのかな、それがあるからでしょう。長く実績あると、あんまり複雑な話に足踏み込みたくないってのもあるかもしれないですね。ちょっと話変わるんだけど、本人、ぼくと同学年だって昨日始めて聞いた」

 

シンクの横で点滴ボトルを整理しながら背中で聞いていた初瀬が答える。

 

「言ってた?」

 

「言ってた。けど話しがちょっと違うというか。タイミング見計らってどんな話持ちかけてくるかわからないところあるかも」

 

「どんな話って?」

 

「それがわからないんだよね。最初はひとあたりがいい。最後もまあまあ。しかしその間にほんのちょっとばかり何が言いたいのか唖然とするようなことを口にする。アルコールの他に何か疾患持ってるのか、それともわざとなのか、測り難い」

 

「―」

 

「これ以上ぼくにはわかんないですね。この件は」