Hakurokin’s 縁側生活

アルコール依存症/うつ病/リハビリブログ

Blog21・退院後リハビリ創作(1998~2002.長岡京市在住時代)

患者たちのその後(81)

 

左近は意表をつかれて唖然とした顔をしている。キロも上村も左近の告白に一向に動じていないのがわかる。このふたりは左近自身の知らない左近を知っているかのように映ってみえる。キロは上村に軽くうなずいて話はこれでいいかと確かめる。左近のほうから尋ねる。

 

「もう一度言うけどぼくは犯罪者だよ。自助グループにいろんなタイプの人間がいることは知ってるつもりだ。けどぼくなんかと一緒にミーティング回りしてたらキロさんや上村さんのことを同類に思う人間だって出てくるに決まってる。ぼくらがどう思っていようと周囲の人間ってそんなもんだ」

 

キロが答える。

 

「と思います。もう思われてるでしょ多分。でも、ちょっと聞いてもらっていいですか?キャメさんと葵さんのことです」

 

「あの人らに許される日が来るなんて考えてないよ」

 

「許されたいと思ってらっしゃる?」

 

「そういうことじゃないかも知れないけど、おそらくぼくが死ぬまでそれはないと思ってる。死んでもないかもしれない」

 

「忘れられたい、そういうことですか?」

 

「できることなら、キャメさんと葵さんの記憶の中にはいなかった人間になれたらと思う」

 

「おふたりの前では消えてしまいたい?」

 

「できるのならそうしたい」

 

「できるんでしょうか、そういうことが」

 

「ないと思ってるからわざわざ市外のミーティングばかり探して回ってるんだろう」

 

「聞いてもらっていいですか?キャメさんも葵さんも左近さんのことは決して許さない、と思ってなんて金輪際ないです。まったく話が違ってます」

 

「キロさんと上村さんはあのふたりが通ってる北小路ミーティングへ毎回顔を出してるって聞いてるけど。半年くらいになるのかな」

 

「おふたりのことを随分気にしてらっしゃるようなので、そうですね、ひとまずキャメさんの話から少しさせてもらいましょう。左近さんもよくご承知のように感情的にたいへん激しいところのある人です。体験談も最初の頃は震える怒りをぶちまけるに等しい内容で口調も詰問に近づいていくような昂ぶりようでした。しかし思い出してもらえますか。キャメさんはどこからどう見ても被害者です。けれど加害者の実名を特定したことが一度でもあったでしょうか。入院中の左近さんが北小路ミーティングに来られたときもかなり激烈な口調が残っていたばかりの頃で、その矛先は女性を被害者へ追いやるすべての構造について、その具体的な方法についてまざまざと語りきるといったもので、それを間近で聞かされた左近さんは発作に襲われトイレへ駆け込み嘔吐を繰り返し倒れてしまい亜美さんの応急処置を受けて恩さんの車で暇倉病院アルコール病棟へ送ってもらうことになりました」

 

「ぼくが甘かったんだ」

 

「甘かった、かもしれません。つらい話でしたか?だろうと思いました。シラフで聴くわけですから。けどぼくら、上村も含めてね、あんなことになるんじゃないかと薄々気になってはいたんです。左近さんは嘔吐の発作が激しくて記憶が飛んでしまってるかもしれませんが、左近さんがトイレで吐くものもなくなってまだ嘔吐を繰り返している死ぬまぎわの獣の苦悶のような叫び声が聞こえている間も会場ではミーティングを続けて参加者の話に耳を傾けていたんです。亜美さんは先に話を終えてらしたので左近さんの手当てに走ってましたが他の参加者でまだ話ができていない人もいましたから」

 

「続いてたって?」

 

「ええ、滞りなく。お開きになってすぐ恩さんが車を出してくれました。それまで普段通り続けました。繰り返しますがキャメさんは誰の被害に遭ったかなんてひとりの名前も特定していません。左近さんに対する情けや気配りからではありません。倒れる前の記憶が残っているかどうかぼくらにはわかりませんが、なにもかも左近さんにぶちまけてやりたいって話じゃ全然なかったですよ。もし左近さんに向けた個人攻撃ならもっと違う話し方になっていたでしょう。けどそうじゃなかった」

 

「ぼくを含めて、ぼくみたいな人間は世界からとっとと消え失せてしまえばいいってことなんじゃ?」

 

「ちょっと違うと思いました。特定の誰かを追い詰めるような話でしたかね?ぼくらにはむしろ問いかけに聴こえました。キャメさんの体験談にはいつもそういうところがあります。ぼくらも含めてね、その場にいる誰もに向けた問いかけなんじゃないかと。亜美さんなんかはとっくにそう思っているはずです。それがわかっていて左近さんの応急処置を買って出てもいたわけで、おわかりになってもらえますか?ぼくも上村もあの時すでにそう受け止めてました」

 

「キャメさんは、でも、明らかに被害者。あの人をアルコール依存症にしてしまい生涯を挫折させたのはぼくです」

 

「キャメさんの体験談というのはそういうことじゃないと思いますよ。問いかけです。ただ単に追い詰めたいってだけなら半年以上も前に左近さんを訴え出てるでしょう。しかしキャメさんはそんなことしない。女性被害者のことをもっと幅広く知っている人です。個人的な敵討なんて頭からないんじゃないでしょうか。もしただ単なる敵討みたいなことをやってしまったらそれこそ男女の痴情のもつれの果てみたいにマスコミの恰好のネタにされて問題の核心はいつものように覆い隠されてしまうばかりで無駄です。そんな簡単なことがわからない人じゃないです」

 

「ぼくが加害者として個人的な次元で訴えられないのはそんな理由があると?」

 

「キャメさんの普段の体験談って左近さんはご存知ないと思います。少しばかりお話しさせていただきますと、あの人はことあるごとに自分で自分を責め苛んでしまうタイプなんですよ。自分で自分の裁判官になる。自分の罪といいますか自分の至らないところ、やろうと思ってできていないところを次から次へ上げつらって自分自身の身も心も断罪してしまう。ほとんどがそんな話です。放っておけばぼくらの知らないところでいつ自殺していてもおかしくないような感情の動きを見せる人で、ぼくも上村も思ってるんですが、もしかしたら左近さんより危ないかもしれない」

 

「キャメさんが?」

 

「次に葵さんのことです。ぼくらが知り合った頃から葵さんは父親の槙島さんの使い走りでカネを儲けて飲み食いしている左近さんのことをこれ以上ない言葉で罵り続けていました。ところが最近、左近さんのことをぱたりと口にしなくなりました。槙島さんが左近さんを突き放した、それもある。しかしただそれだけだとも思えません。槙島さんに突き放された左近さんがとうとう死んだという話がどこからともなく聞こえてきたってわけでもないです。そういうことではないと思うんですよ。左近さんもとうとう一人になれた、それが必要なことなんじゃないかと、そこからしかやり直すことなんてできるわけないじゃないかと、父親の槙島さんがずっと孤立されている姿を見ている葵さんには思えて仕方がないんじゃないでしょうか」

 

「そんなことわからないじゃないか。まだ中学高校生だった葵さんにあれほどひどい世界を平然と見せつけて遊んでいたぼくなんだ。そんなはずがどこにあると?」

 

「あるとは言ってません。ないかもしれません。葵さんが左近さんの過去を許す。とても考えられないってことのほうがあり得ることです。ぼくらも正直どうなのかよくわかってないんですよ。でもね左近さん、ぼくらが槙島さんと顔を合わせればここ一週間どうしてたかとか付き合っているのを葵さんは見てて、話の中に左近さんのことが出てきていたとしても別に気にされてないと思うんですよ。これもまた温情とか気配りとは違うような気がするんです。どの会場でもいつもひとり孤立されてぶっきらぼうな槙島さんに話しかけるぼくらのことを見てね、娘の葵さんは心を許せるような気がする。そこまではわかるかもしれないです。でも話の中に左近さんのことが出てくるのはまるで違うことです。なのにもしそれがあったとしても葵さんは許してくれるんじゃないかな、と思ったりしてるんですよ。自助グループに通っていればいずれどこかでばったり出くわすことは十分考えられます。そのときどんな態度を取ればいいか。まったく無視するのがいいのか。無視したければしたほうがいい。心の構えとしてはそのほうがいいってことは往々にあるようですから」

 

「葵さんには、キャメさんにも、ぼくは取り返しのつかないことをやってきてしまった」

 

「じゃあ、質問を変えていいですか?もし左近さんがこのまま自己処罰感情にまみれ果てて不意に自分の命を絶ってしまわれたとしましょう。あってほしくないですけれども、そういうケースはしばしば耳にします。しかし左近さんの場合、もし万が一そういうことになってしまったとしてもですね、果たしてキャメさんや葵さんはどう思うでしょうか。これですっきりした、さっぱりした、うれしい、そんなふうに思う人たちでしょうか」

 

「思わないと?」

 

「あのお二人はもっとはるかに大人です」