Hakurokin’s 縁側生活

アルコール依存症/うつ病/リハビリブログ

Blog21・退院後リハビリ創作(1998~2002.長岡京市在住時代)

患者たちのその後(116)

 

茶店をあとにすると麻呂太町会場まで歩こうとキロはいう。

 

「時間あるし運動不足解消をかねて」

 

「言うと思ってましたけど気が乗らないなあ」

 

「気が乗らないなら体だけでも歩かない?」

 

「そんな器用なことできるわけないじゃないですか。外寒いし」

 

「昨日の北小路ミーティング終わって九時頃は冷えてたけど今はまだ三度くらい暖かいよ」

 

「三度って」

 

「歩いても余裕で間に合うから麻呂太町商店街についたら早めの晩ご飯取ろう」

 

「それならいいかも」

 

早めの晩ご飯と聞いた上村はやおら乗り気になったようだ。レジを済ませアーケードのある繁華街の大型商店街を北へふたりで歩き始める。キロがいう。

 

「上村もうそろそろ考えてきた?言えそうかな?」

 

「なんのこと?」

 

「年明けにキャメさんと葵さんのふたりにたずねてみようって、あの話」

 

「説教オジサン撃退術?」

 

「先送りしちゃうと来年なんてすぐだよ?」

 

「ううん、もっとあったかくなってからでいいような」

 

「それにね、撃退するんじゃなくて上手に回避するんだよ。やっつけるわけじゃない。やっつけちゃったら後腐れが残る。あの人はあの人で帰省すればしたで真面目に西久保ミーティング通ってるんだし。上村の家のすぐそば」

 

「年末年始になればこれから毎年必ず顔を合わせることになるってわかってはいますが、―実家があんなに近かったって参ったなあ」

 

「キャメさんや葵さんとは週一で必ず顔合わせるじゃん」

 

「でも身の上相談みたいなのは」

 

「大げさだよ。身の上相談って。ぼくの前ではいつも言えてるのに。だからキャメさんや葵さんにも同じ態度でいいって。あのう、実は困ったことがありまして、なんのことかっていうと、家の近くの西久保ミーティングに苦手な人がいてて、ちょっと聞いてもらえませんか、お時間あります?ってこんな調子でいいんじゃないの?」

 

「そこまで言えそうにない」

 

「まだ何にも話始まってないよ?仕方ないなあ、じゃあさ、メモ持ってる?」

 

「持ってますよ。さっきのレジシート」

 

「それに書きつけて覚えとけば?もう一回言うから」

 

「覚える?丸暗記でいいのかな」

 

「最初は丸暗記でいい。あとは雰囲気見ながらアドリブ」

 

「アドリブ苦手」

 

「そのアドリブ苦手ってところ、上村の場合はそれがね、いつまで経っても上手な回避方法が身につかない大きな要因におもえるんだけど。これまでの自分の苦手意識がこれから自分のために最低限必要な護身術習得を阻害しちゃってる。ちょっとはわかってきててもいい頃だと思ってるというか、前々から上村自身わかってたことかもしれない」

 

「人の胸のうちをえぐり返すような言い方」

 

「大げさだって。ぼくが相手だとそんなふうに冗談のひとつも言えるじゃん。だからといって誰にでも同じように言えるってわけでもない。それで、前になんて言ってたかな。ぼくも一緒についてくからって言ったっけ?」

 

「言ってました」

 

「言ってた?それならついてくけどぼくが言うんじゃないよ?あくまで上村が主役だから」

 

「主役ってそれこそ困るなあ。通行人B、Cくらい?それでなんとか話ができませんかね?」

 

「できません。通行人って原則的にセリフないじゃん。からかってんの?」

 

「からかってなんかないですよ」

 

「その調子その調子。乗ってきた」

 

「まあ話は続いてますが―、続いてるって思っていいのかな」

 

「続いてるよ?最初に話しかけるのは上村のやることだし、あとはキャメさんや葵さんが上手く尋ねたりツッコミ入れてくれたりするって。そのへんは信用していい。上村は素直に言いたいことが言えて聞きたいことが聞ける。あのふたりならそんなふうに上手く話を動かしてくれるはず」

 

「それってほとんどオンブにダッコっていう―」

 

「心配ないよ。なんで心配ないかっていうとね、苦手な人を相手にするときどんなふうに振る舞えば効果的かってキャメさんも葵さんも常日頃から考えてるし身についてるに違いないことだから。ただ単に苦手な相手をさりげなくやりすごすってだけじゃない。苦手な相手につかまってしまいがちな状況を自分が自分で作ってしまってる。なんでそうなるのか。そうならないようにするにはどうしたらいいかって常に考えてる人たち。葵さんの場合は仕事柄いろんな客が勝手にくっついてきちゃうってどうしようもない部分があるんだけど、そういう状況が出来上がる前に打ってる手があるわけ。逆に同僚が困ってそうなら自分が引き付けて牽制しといてその間に店内の雰囲気をがらりと変えてしまうとか。それができるから葵さんお店変われたところもある。こんな不況なのに給料が三倍に上がったのもその上さらに誰も知らない会話の技術を身につけてたってのもポイント」

 

「誰も知らない会話の技術?」

 

「いつどこでか?父親の槙島さんがカタギじゃなかった頃。葵さんにとって、あえて言えば思春期、むごすぎる十年」

 

「どんな苦手な相手であってもって、去年キロさん言ってたかな、だめじゃないんだけど職場で元気なくしてほぼほぼダメになっちゃってる会社員のお客を半年ほどで一流の会社員に戻してみせるホステスさん。葵さんがそこまで仕事のできるホステスになってるのに外から言われるまで全然気づかなかったのがお店の経営者でって」

 

「ありがちな話。葵さんの変貌はありがちじゃなくてレアなケースだけど」

 

「ぼくは一流でもなんでもありませんよ。一流でなくていいんです。話のメインは上手な回避術について、ですから」

 

「葵さんの職場の話だと単純にいえば一流って語彙になるんだけど、ただ単にもとへ戻すってわけじゃない。それだといずれまた同じことを繰り返してしまうばかり」

 

「じゃどういう---」

 

「苦手な相手につかまってしまいがちな状況を自分が自分で作ってしまってる。なんでそうなるのか。そうならないようにするにはどうしたらいいか。これね、さっき言ったのとまるっきり同じフレーズ。一週間や二週間じゃとても無理。身につかない。今は似たような話で悩んでる人だらけどこも溢れかえっててこのひと言が効く!って感じの小さい本が売れまくってるでしょ。誰もが同じ一冊の本に殺到してる。これじゃみんな同じことを口にして同じ反応を示して見せてしまうわけで、どれほど高速回転したとしてもひとつの同じコマが同じところを一生懸命ぐるぐる回ってばかり。何一つ変わんない。キャメさんや葵さんが嫌なおもいしてる相手って、上村が芝居に例えてさっき言ったような、BC級通行人のことだよ?ふだん見て見ぬふりで存在感ほとんど消しといて怖そうな人間が周囲から去ってしまえばそのすきに声かけてくる地上で最も劣悪なタイプ」

 

「じゃ、ぼくが主役になれって話になったりしたら―」

 

「主役なんてどこにもいない」

 

「いないんですか?」

 

「周囲が通行人ぶってそんなふうに振る舞ってるから主役でもなんでもない、どうでもいい目立ちたがりが主役ぶって見せれば主役に見えてくるってだけの、以上でも以下でもない事情。キャメさんも葵さんもそんな事情が往々にしてどんな形を取りがちなのかよく見えてる人だよ」