Hakurokin’s 縁側生活

アルコール依存症/うつ病/リハビリブログ

Blog21・退院後リハビリ創作(1998~1999.長岡京市在住時代)

落ちない肌(37)

 

女性のアルコール病棟へすだちらを送り届けた後初瀬が詰所へ戻ってきた。

 

「ただいま」

 

チャが迎え入れる。

 

「おかえりい。お疲れさまでした。暑かったでしょ」

 

「昼間はまだ暑いわ。お盆過ぎても」

 

「涼しげな人見かけたって、キロさんと上村さん」

 

ふたりに目をやりながら初瀬はなんのことだろうという表情を見せる。

 

「ここへ来る途中で幕之内先生がオープンカーで走ってるの見たんだけどあっという間だったらしいよ」

 

「ああ、あの真っ赤な。アルファロメオのスパイダー。なんだか気持ちわかんなくもない」

 

「気持ちって?」

 

「幕之内先生、まだ若いじゃん。年上っていってもあたしたちより五年ほどでしょ?それもあると思うんだけどただ単に若いだけじゃなくてひとあたりがいいし、特に若い患者さんから慕われてて七王堀川で開院してからも退院した若い患者さんの多くが幕之内先生とこ行ったじゃん。でも患者さんの症状は同じ病気の症状抱えてる人ばかりなわけで相談事とかかえって増える。退院後の患者さんが一度ひとつのかかりつけ医院に落ち着くと患者家族はようやく地域医療へ救われたってなってもうセンセセンセってひっきりなしだから。医者っていっても医者は医者なりにストレス溜まるわけで」

 

「それはそうかも知れないけど、でもなんでそれがオープンカーになんの?」

 

「あたしはバイクなんだけど先生はオープンカーってことでしょ。アルファの」

 

「お医者さんってベンツとかBMWとか―」

 

「それは車乗ってる人しかわかんないと思うよ。大病院の院長や部課長って揃いも揃ってベンツ、ポルシェ、BMWでしょ。好き嫌いはあるとしてもあのへん結構重いんだよね。ストレスどうこうっていうよりステータス?あんまり廉価な車乗ってると信用しない患者さん時々いるし」

 

チャに促されて初瀬は観察室へ入ったばかりの新患のカルテに目を通す。キロは手の空いたチャへ向けて詰所前の食堂はどうかと合図する。上村は早くも食堂に座って買ってきたメロンパンを頬張っている。チャは自分の水筒のアイスコーヒーをひと口すすり食堂へ出る。

 

「今日の院内ミーティングで槙島さんと左近さんのお話聴いてきましたよ。キャメさんの体験談で随分嘔吐してたんだけど左近さん思ったよりお元気そうで」

 

「体はね。日にちぐすりみたいなもんだから」

 

「日にちぐすりかあ。ぼくもそんな感じだったかな。で実はもうひとりのことなんです。チャさんの担当だったから言っといたほうがいいかどうか迷ったんだけど」

 

「あたしの担当だったって、どなたの―」

 

「槙島さん今二度目やり直してますけど同じ時期に入院して無事に退院した久世さん」

 

「ああ久世さん?」

 

「まだ退院したばっかりでかかりつけ医院が見つかったわけでもないのに今日の診察にもミーティングにも顔出してなかった」

 

「診察に来られてませんでした?」

 

「うん。診察来なかったら処方箋出ないし処方箋なかったらどこの薬局行ってもお薬買えませんよね。で、上村から聞いたんですけど西久保ミーティングにも前回から顔出してないって」

 

「―」

 

久世は退院後すぐ仕事に戻れると言っていた。仕事があるならそれにこしたことはない。けれども仕事ができる人にありがちなケースでよく指摘されるのは仕事ができればできるほど気持ちの高揚感と同時に飲酒欲求も高まるというまだ未解明な精神構造。

 

だから社会復帰といってもすぐ仕事に戻れればそれでいいというわけでは必ずしもない。理想的なのは一年半から二年ほどかけてじっくり自分のペースを見直しながら適切なライフスタイルを構築していくことでありアルコールの再飲酒や違法薬物の再摂取に繋がるような職場環境ならできる限り早めに修正するのが最善とされる。

 

「久世さん昼間の現場だけじゃなく夜遅くまでパソコン開けて仕事のシフトの組み換えやってるとか」

 

(夜中もパソコンで仕事?夜はちゃんと寝てないといけないしそもそも処方薬なしじゃ寝るのもまだ無理な時期。いらいらが出ると困る―)

 

「ベッド、空いてないみたいですね」

 

「ついさっき急患入ったばかり」

 

「上村さ、パンもう食った?しゃべれそう?」

 

「もう一個買っとけばよかった」

 

「そういう話じゃなくて、久世さん顔出してたの西久保の支部のほう?それともミーティングのほう?」

 

「最初はどっちでも見かけましたよ。前回から見ないなあって気づいた時には両方から姿消えてました」

 

「らしいです。じゃ、そんなとこで。ガラガラ抽選会行って来ます」

 

ひとつの病院で同じ患者ばかりぐるぐる回転し始めるのはよくない。だから入院規定は原則三度まで。それがだめなら自助グループがあるわけだがそこへも顔を出していないという。仕事を張り切ればお金が手に入る。お金が手に入れば何を考えるか。この病気の破壊力というのは―。

 

「何考えてんの?」

 

初瀬が詰所のテーブルから声をかける。

 

「なんでもない。そっち戻る」

 

―二度目の入院までおれには六年ほどの間があった。今度は退院して三週間も経っていない。うつろな目で徐々に暮れ始めた窓をぼんやり眺めながら久世は手元へ一升入りパック酒を引き寄せる。五日前は近くのコンビニで紙パックの日本酒を一合買い求めただけ。その時はそれで済んだ。けれども昨日は午後から仕事を休み一升入りのパック酒を一度に三個買い込んでそのうち二升を空けて寝たのだが今朝目を覚ますとまた飲み始め三個目はもうほとんど残っていない。

 

(また買いに出るの、面倒だな)

 

パソコンのキーボードの上に酒を入れたコップを倒してからいらいらが収まらなくなっている。飲んだアルコールが効いている間は全然ほかのことを考えたりどうでもいいテレビを見ていても時間潰しにはなる。だが夜にそこそこ睡眠時間を取ろうとすると病院で出された処方薬だけではとても間に合わず酒に頼るしかない。これが始まるともう飲酒量はうなぎ上りにのぼっていくばかりだ。

 

(明日の仕事も面倒。断りの電話、しかし、なんて言うか。電話も面倒。それよりまだ夕方だし今のうちに酒買っといたほうが。足元おぼつかなくなってきたらコンビニ付くまで転けるだろ。これなら仕事帰りの車でいっぺんに十箱ほど買っときゃよかった)

 

窓の外はだんだん薄暗くなってくる。残りの酒を飲み干した久世は床へごろりと横になる。腹の中でアルコールが揺れるのがわかる。

 

(はあ、腹に沁み渡るこの感覚、たまんないね―)

 

ところで、考えないといけないなあ。入院は三回までだし。三回目は残しておかないとおれの場合、たぶん四回目は許されないだろう。予約取ったのに診察行かなかったし。まだ処方薬なしじゃやって行けない時期なのにどうして来てないのか。同時にミーティングにも顔出してないし。カルテ見たらすぐわかるだろ。としたらどこか他の病院当たるしかないわけだ。どこにするか。貯金はあるけど入院するとして一回分。でも監獄みたいなところのは嫌だしそんなとこ一度入ったらなかなか出て来れない。他にまともな専門病院探すとなると遷都市外。暁市の新阿武隈病院あたり。しかしあそこも今は混んでるか。盆暮はまともなとこほど満員だし―。