患者たちのその後(121)
キロの疑問はもっともかもしれない。上村もそう思っているのだろう。閉鎖された菊陣ミーティングで何があったかはおおよそ理解できるにしても、しかしどうして、その話を耳にするやほとんどすぐ他のミーティングに顔を出していた何人かが劇的なスタートダッシュのような自傷行為におよんだのか。
たった今キロが口にした疑問。北小路ミーティングに参加していた亜美もそれは瞬間的に脳裡をよぎった素朴な問いだった。
「飛び降りとか大量服薬は珍しくないからあんまり耳に残ってないんだけど、ガスコンロの火で顔面焼いた?、それは耳に残ってて。でもぼくが気になったのはなんでそれやったのが女性なのかって―」
むやみに過去の不始末を掘り返すんじゃない。精神医療の現場では原則である。しかし依存症と恋愛あるいは依存症者の恋愛のあり方について亜美が電話相談を受けるたびに思い起こさないわけにはいかない衝撃的な経験だったことに変わりはない。
「菊陣ミーティングって自助グループがあると聞いてお電話差し上げました。ですがもう閉鎖になったとうかがってこちらに連絡したのですがよかったでしょうか?」
「はい。こちらで構いません。わたしは北小路ミーティングの亜美と申します。お話というのは―」
これまで何度繰り返し口にしてきたかわからないフレーズ。自助グループに参加していても再飲酒するケースはいくらでもあるが菊陣閉鎖の際に浮上した疑問点は大きく二つ。ひとつは再飲酒し再入院する参加者が複数出る点。もうひとつは止まっていた自傷行為を再び繰り返し始めるケースだが後者はなぜほとんど女性なのかという点。
(それはわたしも考えた、で済むような話じゃない―)
こんなとき、どんな返事が適切か。適切な答えというものがあるのだろうか。あるとすればどこにどんなふうに?亜美はこれまでひとり黙ってこらえていたものが思わず口をついて出そうになる。
「ガスコンロの火で顔を焼いた女性って、実はわたしが入院中にできた最初の友だちだったんだけどね、わたしは相談ひとつしてもらえなくて―」
瞬間、間を置いてキロはいう。
「コーヒー、それともお茶、おかわりしませんか?ミネラルウォーターなら自販機で買ってきますよ」
「え、ああ、そうだね。お茶もらおうかな」
「ぼくら今日は早く来てお話し聴かせてもらって、時計見たら開始までまだ時間あるんでちょっと外で先に晩ご飯取ってきます。上村そろそろ言い出しそうだし。お腹すきませんか?って」
「ちょうど今言おうとおもってたとこ。よくわかりましたね」
「一年近くも一緒にミーティング回ってるんだからそりゃ嫌でもわかる」
キロは会場に設置してあるポットで茶をそそぎコップを亜美のそばへ置いてやる。
「じゃ、また戻ってきます」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
ふたりを見送ると亜美はふいにあることに思い当たった。菊陣であんなことがあり、それが他の会場へも飛び火する形で多くの女性参加者たちが次々自傷行為へ走り込んだあの光景。それにしてもあの光景、確かどこかで止まった。運営だけではとても手の回らないところでも止めに入ってくれた人間がいたわけだが―。医療スタッフも懸命に走り回ってくれていたその中に---。酒とクスリと血で修羅場と化していたらしい現場。それでもなおひるむことのない若い女性看護師。
(れいさん、そうだ、れいさんだった)